[序文]

原本2

黒澤翁満大人著

源氏百人一首 完

江戸書林  千鍾房 金花堂 玉山堂 合刻

(改頁) 原本2~4

[序文1:橘守部]

人をつかふはやすかれと、人をしるはかたし、書を見るはやすかれと、書をしるはかたし、世にものしり人はあれと、たゝうはへにわしりて、その深きおくかをたとらす、すゝろにおしきはめて、われひろしとおもへらむ人のおほかるは、かの人をしらすて人をつかふらん、ひとのたくひなりかし、わかむつたまあへる、葎居の翁こそは、人をしりて人をつかひ、書をしりて、書を見る人なりけれ、もとよりおもたゝしき書のうへにいそしくて、物語書を、心とせるきはにはあらされと、今此ふみの、大むねをさとされたるも凡ならす、又百まりの哥のときことの、世のなみならさるもてもいちしろし、こは人のもとめにつけるにて、翁のためには、いとかりそめことなりけれと、花ももみちは、一枝見てその色しられ、あやにしきは、ひときもて其あやしられぬ、ひとくたりのふみにても、しる人こそは見しるへけれ、うへやいにしへのおほきひしりの、国のたからとしも、めてきこえ賜ひし、この紫の筆のあやにしあれは、世のわらはへにくちならし、めならしめおかむと、かくものせられたるそよき、萩をわくれは、するとなしに、其もすそそまり、梅をたをれは、移すとなしに、その袖かをるめり、幼き程より、これを見、これをまさくり、これをもてあそひゆかは、おのつから其人になれ、哥になれ、言になれて、かの物語の深きこゝろも、いつとなくみゝ近く、成ぬへきなり、子をもたらん親は、乞得て子にあたふへく、おとをもたらん兄は、もとめて弟にさつくへし、われまつ乞受て、家のわらはに口ならさしめんと、あつらへやるついてに、うちおもふふしを、いさゝかかきつけて、おくるになん、天保の九とせ葉月のいつかの日

橘守部

(改頁) 原本4~6

[序文2:菅原夏蔭]

源氏物語一人一首序

紫をくらゐの色のかみのしなと定められたるにひとしく、むらさきの物かたり、はたありとあるむかしかたりのかみのくらゐにおかれぬへし、いましかの巻々なる桐壺のみかとより手習の女君まて、もゝたり余りの人々のいろ香ことなる言の葉をつみいてゝ、ひと巻にえらひついてゝ、若紫のうらわかきをみな児のみならふためにと、其いふかしむへきふしことに、とき言をさへしるしそへたるは、心きゝていといたきわさなりかし、こはゝやう嵯峨のわたりのもゝくさのことの葉の、世のめのわらはのもてあつかひくさとなれるに、さしならふとも、さのみけたるゝ色ならしを、ねすりの衣したにのみひきこめたらんは、何のちえなきわさなめり、四方の市くらにもていてゝ、ものこみの女君たちにまゐらせんに、さかにくきふるこたちのわりなう疵もとむるたくひも、はひおくれるなとは、そしるへくもあらすと、めてのゝしる人おほきをきくに、けにかうめつらかにえらひなせる心しらひは、もとよりいみしき色あひに、いとゝつやうちそへたるいたつきなりとやいふへからむ、

天保の十まり一とせといふとしやよひはしめつかた、すかはらの夏蔭しるす

(改頁) 原本6~9

[序文3:藤原宇美]

中昔よりいてきにける物語ふみかすおほくあなれと、其名斗のこりて今は世につたはらぬもあまたなるへし、されと風葉集えらはれける頃まてはなほのこれりとみえて、今の世にしらぬ物かたりの名とも入られたるも、すくなからすなむ有ける、かく今の世につたはれるもつたはらさるもあなる物語のうちに源氏物語はかり巻の数おほきはなけれと、そのかみよりして世々ことにめてつゝもてはやしけれはにや、今もまたくつたはりけむかし、されは源氏見さる歌よみは遺恨の事なりなと先達ものたまひけむは、作者の面目といふへし、よみ出たる哥は狭衣よりおとりたりといひけむをこのものもあれと、そはあさましきことなりや、其人々の有様心もちひをよく得て、すかたこと葉似つかはしくよめる口ふり、此ものかたりよくよみたらむ人はしるへきことなれは、ことさらにめてむもふるめかしけれと、風葉集にえらはれたる人々の哥にてもしらるへきことなり、こゝに吾友黒澤ぬしはやくより源氏物語をことにこのまれて、明暮に心をいれてよみ見らるゝあまり、いかて此もの語の哥ともを世のをさなき人々まても常に口すさむへきわさをしてしかなとおもはれて、かの小倉の百人一首の常にもてあそひて、女のわらはなとの空にもおほえたらむにならひて、其人々のさまをゑかき、哥をえらひてその心をからふりにかきて、世にあるわらはなとにおほえやすからしめむとてものせられたるを、こたひ板にゑりて世にひろからしめんとせられて、其ゆゑよこしはしかきせよとのたまへるをきゝて、おのれいへらく、そはをさなき人の為のみにもあらす、源氏物語しらさらむ人の此源氏一首をみは、なへての巻々をも見むとおもひおこすへきひとつのはしたてとなるへきわさにこそあらめ、いともいともよきことなるかな、とくとく世の人にしらせたまへかしとて、いさゝかかいつくるになむ有ける

天保十一年十月

藤原宇美