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[解説]
『烈女百人一首』は、緑亭川柳編輯の変わり百人一首で、奥付には「弘化四丁未正月発市」とあり、弘化四年(1847)の正月に刊行、発売したことが知られる。版元は「馬喰町二丁目/東都書肆」の山口屋藤兵衛。本書は弘化二年(1845)に刊行された『英雄百人一首』の続編たるものとして編まれたもので、その女性版である。緑亭川柳の序文に「夫(それ)わが大御国(おほみくに)の古より貞女烈婦の世に聞えたる者数しらぬ迄多けれども、そが中に敷嶋の道に志ある輩を集てよと飾磨(しかま)にそむるあながちにすゝむる人の有ければ、[中略]宮柱高き雲井の事は除き、唯鄙の田廬(たぶせ)の言の葉あさりする蜑(あま)のさへづり、千賀(ちが)の塩竃こがれてさまをかへし清き跡、または岩間の水の障(さはり)いできしも、思ひの露洩て元の手に結び、又は涙川のみかさ増りて埋藻(うもれも)と沈み、或は流に立る川竹の操正しく、松柏の時雨に色を替ざる類を寄、列女百首とは号(なづく)」と記されるように、操正しく色を替えない女性百名の和歌を選り集めた秀歌選である。本書に先立つ『英雄百人一首』では、女性で採択されたのは、31番の「巴女(御前)」、39番の「白拍子静(御前)」、73番の「伊賀局」の三名のみであるが、英雄たちの故事を探っていくうちに、その周辺でかれらを支えた女性たちの存在に気付いたのであろう、緑亭川柳は、遂に女性のみで構成する百首を編輯するに至った。なお、『英雄百人一首』が拠り所とした『武家百人一首』には一名の女性も採択されていないことからすると、この編集方針はいかに画期的であったかを理解することができる。
本書の編者緑亭川柳について、『日本古典文学大辞典』(岩波書店、1985)はつぎのように記す(執筆、興津要氏)。
緑亭川柳(りょくていせんりゅう)川柳点者。通称水谷金蔵。腥斎佃(なまぐさいたつくり)、緑亭風笑と号す。天明七年(1787)生。江戸佃島の魚商。安政五年(1858)八月十六日没、年七十二。天保八年(1837)ごろ、五世川柳を襲名し、緑亭川柳と号した。その門下には、若き日の人情本作家山々亭有人(ありんど)がいた。戯作としては『遊仙沓春雨物語』(弘化四年、1847)刊、『応現お竹物語』(一冊、歌川国芳画)嘉永二年(1849)刊などがあった。本領は川柳点者にあり、戯作は余技に過ぎなかった。
上の項目の記述に従うと、変わり(異種)百人一首編集の事蹟についても緑亭川柳においては「余技」と捉え得るものであったかも知れない。しかしながら、変わり百人一首の述作は、多くの読者を獲得したものであり、川柳作者、点者、編者としての業績と匹敵するくらいの価値を有していると言ってよいであろう。
『烈女百人一首』は本家の『百人一首』に同じく、女性百名を選出して和歌一首を掲載する秀歌撰である。翻刻に際して底本とした上田市立上田図書館花月文庫の一冊(目録:百人一首・15の2)は、弘化四年(1847)刊の中本一冊(タテ17.9cm×ヨコ12.1cm)。表紙題付箋は剥落して無く、その箇所に「烈女百人一首」と墨書されている。なお、底本とした一冊には、56番「御匣(みくしげ)」、57番「元ひめ(もとひめ)」の箇所に一丁(三十八丁)の欠落がある。この部分の翻刻は、上田市立上田図書館・花月文庫・百人一首15の1により補った。本書の内題は「緑亭川柳輯/列女百人一首 完/葛飾卍老人画/一陽斎豊国画/錦耕堂梓」とあり、書名が「烈」ではなく、「烈」と表記されている。画工につては、葛飾卍老人(北斎)と一陽斎豊国の両名が記されているが、奥付によると、口絵の細画担当が葛飾卍老人(北斎)で、人物の肖像画が一陽斎豊国と分業されていたことがわかる。
緑亭川柳の他の変わり(異種)百人一首の書目に同じく、『烈女百人一首』にも頭注が上欄に付されている。頭注には歌人の小伝を中心とした記述が施されて、各時代を逞しく生きた女性たちの生き様を垣間見ることができるようになっている。
採択されている歌人、和歌についてみると、巻頭一番歌に「平郡千左登」、二番に「中将姫」、以下、三番「熱田縁采女」、四番「橘の妙」、五番「阿部照田姫」と続き、九十八番「矢部正子」、九十九番「祇園梶女」、百番「玉瀾」で締め括られている。中将姫、檜垣媼、成尋母、横笛、仏(御前)、妓(祇)王、静(御前)、大磯虎(御前)等々、逸話を有する著名な女性が見られる中、時代が下るにつれて、尼僧や遊女といった女性たちも加わってくる。なお、本編である百首に先立つ口絵(画は北斎の担当)には、伊弉冊尊(イザナミノミコト)の天の浮橋での「喜心哉(あなにへや)」と発したことばに和歌(倭歌)の起源をもとめ、下照姫の「天なるや弟棚機の…」(古事記)の歌を掲げて、女性と和歌との関わりを叙し、また、「女の道を守り歌の奥旨を極」めた濫觴として衣通姫を賞賛する文を載せる。
本書は、伊藤嘉夫「武家百人一首と其の類列の百人一首」(「跡見学園短期大学紀要」7、8、1971年3月→『百人一首研究資料集 第六巻 論文集』(クレス出版、2004)に収録)に、序文と和歌本文の翻刻がなされている。