文政六未年九月十二日延芳忌
俳諧
梨翁居士
花の願ひ花野の露となる身哉
秋のゆくへの蝶を見送る
八朗
はつ汐の月に小橋を投げワたし
雉啄
当日出席百客にあまれりよって下略
同十三日春秋菴之須陀因忌
俳諧
白雄居士
殊更につくらぬ菊ぞ九日かな
ことしの酒のやどにすむ月
雉啄
置かへる硯の水も秋たけて
八朗
下略
(改頁)
芳明忌
梨翁居士
曇るとハ人のうへなりけふの月
袖に夜寒のかけあます頃
八朗
木耳を一荷売まで旅寝して
碓嶺
同じ願ひをたてる方の子
可中
山風の吹とぎれたる春の末
文海
垣根の岨(そば)におりるうぐひす
白太
青海苔の匂ひこぼるゝ膳のうへ
天姥
藍の相場の居る朔日素時雨
片押に采女(うねめ)の宮をそしる也
斗雪
いつより早く錦葵さく
一中
心にもあらぬこといふ人の来て
午堂
道なき恋をわすれずのさと
麦雨
撰分る柴胡のちりもくれの月
如水
焚火のはづむつゆと置らん
大畳
玄鳥(つばくら)も船もかへらじ向河岸
古慊
馬をすゝめるうまのはなむけ
雨紅
来山が独(ひとり)気遣ふ花のあめ
文岱
数のともしもながき日のかげ
易足
牛町をいく度も通る正月
方水
うしろ淋しく奉加帖よむ
偆花
鶏が上るゝまぢる油うり
春衣
さし木の柳冬いそぐ也
吾龍
ワすれねばあと追ふ夢を捨兼て
歩雪
あはぬ情を涙のミしる
素兆
俎板を日のさす方へ突出し
朗
翌(あす)の大事を明す長篠
岱
散はてもしらぬ花さく夏の草
姥
屁ばかりの葺かへをする
雪
(改頁)
盆過になりて盆供を送る月
嶺
いふことがミなやゝさむくなる
雨
直(ね)のしれぬ鶉の籠をあづかりて
中
はかま着ぬ日ハふつかともなき
海
むらさめがきのふの様に降出し
堂
家の替地のおりる片浜
太
くもりなき花をかゞみに人のうへ
麦
影あますほどのさくらさく春
執筆
休断忌 坎水園(かんすいえん)興行
梨翁居士
秋風やその日暮らしのすて心
月見る月のあはれしる露
蕣齢
薮の鴫啼よりはやくたつやらん
六因
漆のにほふ衣着かへる
知堂
袋戸の埃につゝむ冬の影
素桂
松をとなりに酒のとぼしき
玄奥
下略
右一巻なっておくられたり
(改頁)
幽回忌仏都於仮寝丘興行
梨翁居士
凧やこゞえふすとも法の山
かれ菊たきてまいる傍
武曰
鳥売が鶉ハ露のゆかりにて
冠山
雲州橘ばかり色づきてけり
士芳
月の前笑ひ面を彫ならべ
箕山
小丁壮士の居なりかしこき
半石
山吹の花すり衣重りて
雷二
ワざと見にゆくはるの雲水
何考
しのべよと妖し五文字のかけ連歌
蘭丘
恋にほそ/″\そ声のうつくし
良父
牛窓は手品に船のいでいりを
可笑
筆のちからに米をいたゞき
仙斉
旅寝せぬ人の咄(はなし)も秋ふかく
思月
るりもほあかるワたりつらなく
伍芽
月今宵角力(すもう)のうち身打ワすれ
希耕
酒にのまれし田舎人が冨
甫長
花そよ/\折にくろゝの戸の明て
徂明
紫蘇はそろふしめりほどよき
仙丈
(改頁)
めでたくもつがひ揃ふてかへる雁
執月
硯のほしき水くさき丘
文斎
つれ/″\にまてども友の神セゝり
寛考
身をしる雨やなくほとゝぎす
自来
柳より竹のねぶたき入梅の旅
豊志
茶にあふ水を宮のめされし
竹明
小原女(おはらめ)の風をうしろにくれかゝり
一年
紙を舞セてあすの和しれ
路広
鐘の供養声をかけツゝつきはじめ
寛山
軍(いくさ)にまけておもきあみ笠
茂治
越人が瓢の文を月によみ
蘭列
砧(きぬた)に琵琶をあはすびハうち
栄秋
新酒の水を秤(はかり)にかけて置
星影
いたづら鳥の罠(わな)のがれたり
蕉山
山伏の螺の奉加の出来そこね
竹友
欠伸(あくび)すつれバきける陽炎
陵是
花の香を賦(ふし)て備へてふし拝ミ
東翠
けふの一坐のけふはのどけき
筆
右竜夢館の主いとなミておくりたる也
(改頁)
文政七年申年六月十二日
休広忌法会
葛三居士
身のうへの夏や蓮の一枚葉
声なき蝉の声のしぐるゝ
八朗
麻袴終は下濃に着ふるして
碩布
祝ひがましく酒ごのみする
秀雄
鹿追バ追れて帰る月かげに
阿泉
露の香もなくはねる燈火
雪朗
御仏のかのもこのも千代の秋
文素
簾ほつれて哀さめたる
路静
思ふ事世のいたづらに書すてゝ
数守
師走の雨にぬるゝ難波女(なにわめ)
要沙
口癖に鴨よ/\と売ありき
鶴朗
碁盤直せバ壁につかえる
金翠
月の出る山は必ずほのぐらく
浜古
萩に桔梗にこゝろおかるゝ
八麗
渋鮎のさびも中/\美しく
英鳥
畑ふミたる子にも扣せる
文雄
笑ふより外に春なき花の雲
仙露
糸に流るゝ水もうらゝか
逸蛍
右一巡也末を略す
そも仏に成ることの得がたきにはあらず、只其師にあふことの得がたきとかや。はいかいもまた如斯(かくのごと)只其師にあふことのかたけれバ千種の露のまぎれやすく何もかも心のミちを得べき哉、乕杖老人ハ道を弘るの哲人、道を伝へるの良師春秋庵一派の棟梁なりしが去年の秋八月十有三日齢八旬にして無漏常住(むろじょうじゅう)の都に帰る。憐べし。道を聞、ミちを伝へるの良師をいづれの年いづれの月かあふべき。南無天誉英岳梨翁居士負呼仏に成ることの得がたくはいかいの桃源遠きにはあらざると云趣を一燈を捧三拝して春秋庵の苗商小簑庵碓嶺謹述之。(印)(印)