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江戸生艶気蒲焼
江戸生艶気蒲焼

翻刻

NPO法人上田図書館倶楽部 伊藤文子

 書名の江戸生艶気蒲焼の「艶気蒲焼」は、艶気と鰻の語音が似ていることから鰻の蒲焼きをもじった江戸の通語で、浮気の意味である。このような言葉遣いは文中にもあり、主人公の悪友として登場する「わる井志庵」も「悪い思案」の洒落、ほかに浄瑠璃の一節を引用したり歌舞伎に似たふるまいを描いたりしている。

 主人公は百万両分限の仇気屋のひとり息子、艶二郎(えんじろう)。歳は19か20。醜男ながら自惚れが強く、遊び仲間の道楽者、北里喜之介とわる井志庵と相談し、色恋沙汰で浮名を流したいと様々な仕掛けを試みる。入れ墨をする、熱狂的なファンが役者の家に押し掛ける風潮にあやかり、踊り子を五十両で雇って家に駆けこませるなどするが、馬鹿者との悪評が立つばかり。次に考えた手段は女郎買い。江戸中で女郎買いをするが、浮名屋の浮名という遊女がいいと通い始め独占する。

 ほかにも、役者や遊女がよくやるふるまいを真似てくだらない演技をするが、世間では「金持ちゆえの欲得でやっている」との噂のみ。最後の手段としてうそ心中を企てる。浮名を千五百両で身請けし、心中の道具を買い集める。場所は江戸名所のひとつ三囲神社と決め、「南無阿弥陀仏」と言ったら心中を止めてくれる手はずにする。その場に着き、今まさにこの時と「南無阿弥陀仏」ととなえる。しかし現れたのは黒装束の泥棒二人。艶二郎と浮名の着物を剥ぎ取って「どうせおまえたちは死ぬんだから介錯してやろう」と言う。艶二郎は慌てて「我々は死ぬための心中ではない。着物はみんなあげるから命だけはお助けを」と懇願する。

 艶二郎が家に帰ると、盗まれたはずの自分の着物がついたてに掛けてあるではないか。そこに父の弥二右衛門が来て「追剥はおまえを諫めるための策略だ」と話す。艶二郎はそれを聞いて心を入れかえ真人間になる。浮名も他へ行く気もないので艶二郎と夫婦になる。

 このような愚行を世間に広めて、世の浮気人を教訓したいと書かれたのが本作である。さらに、余りある資産で妄動を重ねる人物の存在と、それを冷ややかに眺める庶民の存在を対照的に描いて現実を暴く京伝の意図がある。 段落ごとに細かい描写の挿絵があり当時の生活を思い描きながら読み進むことができる。特に<中>の<十>の挿絵は、食器が乱雑に置かれた手洗い場や「火の用心」の定め書きなどが描かれ、衣服や髪型の違いはあるが、現代と同じ日常生活がうかがわれる。