[解題]

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諢話浮世風呂 前編巻之上
諢話浮世風呂

翻刻

元高校教師 高木保和

 『浮世風呂』は式亭三馬の代表的な滑稽本である。角書は「諢話」(おどけばなし)。前編は男湯で「朝湯の光景(ありさま)」「昼時の光景」(巻之上)、「午後(ひるすぎ)の光景」(巻之下)の2冊で文化6(1809)年の刊行。二編は女湯で「朝湯より昼前のありさま」(巻之上)と巻之下の2冊で同7年刊行。三編は「女中湯之遺漏」(女湯再編)とあって巻之上、下の2冊で同9年刊行。四編は「男湯再編」とあり「秋の時候」(巻之上)と巻之中、巻之下の3冊で同10年刊行。なお『浮世床』の初編は本書四編と同年刊行で、『浮世風呂』の作風が継承されている。

 前編巻之上の題詞「一夕(あるゆうべ)歌川豊国のやどりにて三笑亭可楽(注1)が落語(おとしばなし)を聞くに例の能弁よく人情に通じておかしみたぐふべき物なし」とあり、書肆の勧めで執筆したとある。可楽の銭湯の落語を聞いて前編2冊を執筆したとみてよいだろう。

 本書は銭湯(注2)が舞台で時の経過と、その時々の雰囲気を描き銭湯の情景を描写している。各編20余場面を時間の経過に従って並べ、その場面ごとに一人、二人の主要な人物を中心にして会話の応酬がなされる。この会話がそのままその人物の類型的特徴、気質等を明らかに照らし出すという方法である。

 各編の特徴的場面をあげると、前編では、よいよい(俄中風)の豚七が呂律の回らない会話を描写しておかしさを狙い、医者が一知半解の知識をでたらめにふりまわし、その高慢な半可通ぶりの暴露等。二編では「あくたれとよばれたるおしゃべりかみさまお舌」の乱暴な会話等の描写をして、一般町民女性の気質を描き、三編ではお屋敷(武家)言葉の話となり、娘をお屋敷へ奉公させたことを上品な婦人が遊ばせ言葉で語る等。四編では上方者のけち兵衛のけちぶりを描き、笑いの対象にしている。

 これらの場面を中心として、普通の人の世間話、子ども連れでの入浴、子どもの話、母親気質、田舎者の話、また義太夫の話、町芸者の噂話、下女同士の主人の悪口、流行についての話等の場面がある。銭湯こそ江戸庶民のあらゆる類型が集まる場所であり、一般町民世界の実態を描くのに最適な場所であったといえよう。三馬を滑稽本の作者として有名にしたシリーズ(注3)であり、その基本的な作風は前編で確立されたと思われよう。