[解題]

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昔語質屋庫 巻之一
『昔語質屋庫』巻之一

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昔語質屋庫 巻之二
昔語質屋庫 巻之二

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昔語質屋庫 巻之三
昔語質屋庫 巻之三

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昔語質屋庫 巻之四
昔語質屋庫 巻之四

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昔語質屋庫 巻之五
昔語質屋庫 巻之五

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上田市マルチメディア情報センター 井戸芳之

 曲亭馬琴作・勝川春亭画の読本。文化7年(1810年)刊。作者の曲亭馬琴は1800年代前半の代表的読本作者である。

 本書は、質屋の倉庫で店の者が寝静まった夜中に、質草の道具類が人の形に姿を変えて、元の持ち主たちのことを語る様子を描く。

 それぞれは皆、由緒のある道具類で、例えば、曽我十郎の千鳥小紋の小袖、諸葛孔明の陣太鼓、俵藤太(藤原秀郷)の龍宮入りの弓袋、平将門の袞竜の装束(天子の礼服)など。

 語られる話は、基本的に世間に流布している通説への反論と考証。例えば、曽我十郎の小袖は、「十郎が千鳥、五郎が蝶」と決まっている曽我兄弟の衣装についての考証や、当時の遊女や武士についての自説を展開する。

 孔明の陣太鼓は、三国志(正史)における劉備の呼称や、蜀という国名への反論と、中国と日本の王位継承の正統性を論じる。藤原秀郷の弓袋は、近江の湖(琵琶湖)の底にあるという龍宮や、秀郷の大百足退治の虚実を展開する。平将門の装束は、平将門の乱についての俗説への反論を行う。

 これらの反論と考証は、質草の道具類が話していることになっているが、実際は作者の馬琴の意見であることは明らか。つまり、本書は読本の形を借りた馬琴の論考だと言える。その論考は膨大な文献に基づいていて、馬琴の博覧強記ぶりが伺える。

 論考に用いた文献には、まず、神皇正統記、大鏡、将門記、吾妻鏡といった歴史書がある。他には、保元物語、平治物語、承久記、太平記といった軍記物語。今昔物語、宇治拾遺物語といった説話集もある。さらには、中国の荘子、孟子、白居易、礼記、山海経からの引用もある。

 江戸時代の庶民文化も想像することができる。本書が受け入れられるためには、例えば「曽我十郎の衣装には千鳥」といった通説が、広く認識されている必要がある。こうした通説は、歌舞伎や人形浄瑠璃の人気の演目として広まっており、当時はこうした娯楽を広く庶民が楽しんでいたことが伺える。