[解題]

表紙画像をクリックすると原本の高精細画像が表示されます。
[翻刻]ボタンをクリックすると底本の高精細画像が表示され、翻刻を読むことができます。

偐紫田舎源氏 初編、二編
偐紫田舎源氏 初編、二編

翻刻

偐紫田舎源氏 三編、四編
偐紫田舎源氏 三編、四編

(翻刻なし)

偐紫田舎源氏 五編、六編
偐紫田舎源氏 五編、六編

(翻刻なし)

偐紫田舎源氏 七編、八編
偐紫田舎源氏 七編、八編

(翻刻なし)

偐紫田舎源氏 九編、十編
偐紫田舎源氏 九編、十編

(翻刻なし)

元高校教師 高木保和

 紫式部の『源氏物語』は何人かの作家たちが口語訳をしている。口語訳の『源氏物語』の五四帖を全部読んでいる方はどれくらいだろう。芥川龍之介は『文芸的な 余りに文芸的な』で、交流している小説家の中で実際に読んでいるのは谷崎潤一郎と明石敏夫のわずか二人であると書いている。

 『偐紫田舎源氏』は柳亭種彦がこの『源氏物語』を絵草紙として翻案し、合巻化した長編作品で種彦の代表作である。文政12(1829)年に初編を刊行し、以後天保13(1842)年38編まで刊行し、大変な人気を博したという。しかし水野忠邦の天保の改革で13年に風俗矯正の一環として絶版の処分を受ける。これと共に種彦の死もあり未完に終わったが、残された39編、40編の稿本は昭和3(1938)年に翻刻されている。

 『偐紫田舎源氏』は、『源氏物語』の世界を歌舞伎の「東山」の世界、室町時代に移して当世風に書き換え、歌舞伎と浄瑠璃と物語が一体化した文体に特色を持つ。種彦は既存の『源氏物語』通俗解説書や関係書などを参考にしながら、自身の才と趣味的教養を多分に発揮しているように思われる。種彦は日本の古典に造詣が深かったらしい。

 『偐紫田舎源氏』の前半の内容は、光源氏に擬せられた足利義政の妾腹の子、貴公子足利光氏が将軍位を狙う山名宗全の陰謀を暴く。そこには光源氏的な光氏の好色遍歴を装いながらの宗全の追い詰めがあるが、これは推理小説仕立てと言ってよいであろう。しかし前半と後半では大きな違いを見せている。前半の姿勢が後半、二二編あたりからとみに原典に忠実な筋に即した翻案に移行しているのだ。種彦の原典への興味が強かったからであろうか。

 同じ「源氏」ではあるが、『源氏物語』は紫式部という女流作家の女性の物語、『偐紫田舎源氏』は男性作家による男性物語である。これはストーリーの組立てから物語の場所・立場・情勢など、プロットの細部に至るまで決定的な違いがある。光源氏は王朝時代の女性から見た理想の男性像であり、足利光氏は種彦が見た中世の軍記物語『太平記』の行動的な武将像であろう。

 書名の「偐紫」は、似せ、または偽紫式部の意へかけ、「田舎」は、卑俗、まがい物の『源氏物語』の意を含んでいるとのことだ。