[解説]

画像をクリックすると原本の高精細画像が表示されます。

信濃奇勝録 一
信濃奇勝録 一
信濃奇勝録 二
信濃奇勝録 二
信濃奇勝録 三
信濃奇勝録 三
信濃奇勝録 四
信濃奇勝録 四
信濃奇勝録 五
信濃奇勝録 五

高井地方史研究会 寺島正友

『信濃奇勝録(しなのきしょうろく)』は、江戸後期の神官・地方史家である井出道貞(いでみちさだ)が天保5年(1834)2月に脱稿した信濃国全域を対象とした地誌である。道貞は、佐久郡臼田村(現在の佐久市)の神官の家に生まれ、通称を兵部といい、蘭皐または松亨といった号を持った。道貞は、信濃の歴史と文化の研究に尽力したことで、『千曲之真砂』の瀬下敬忠(せじものぶただ)、『四鄰譚藪』の吉沢好謙(よしざわたかあき)とともに、佐久の三大郷土史家に並び称される。

道貞は、文政年間(1818~30)頃から十数年にわたって信濃国内の奇勝地を訪れ、神社仏閣や名所旧跡を調査して、研究考証を行った。その成果は、天保5年に『信濃奇区一覧』として脱稿されたが、実際に刊行されることはなかった。また、道貞は、実地踏査を通じて詳細な地図を作成したが、こちらも未刊行に終わった。

道貞は、天保13年正月に86歳で没した。原稿は未刊行のままであったが、孫である通(とおる)が、祖父の意志を引き継ぎ、『信濃奇区一覧』の稿本を校訂し、明治20年(1887)4月に『信濃奇勝録』として出版した。その後、数回の再刻や復刻を重ねている。

『信濃奇勝録』は、信濃各郡各地の特色を捉え、全5巻に分けて編集されている。その内容は、各地の奇勝景観をはじめ、歴史や旧跡、寺社、祭事、民俗行事に至るまで多岐にわたる。また、諸家秘蔵の古記録の抜粋や優れた建造物、古器物、出土物、さらには奇談や珍しい動植物、鉱物なども取り上げており、図録を豊富に掲載するなど、非常に趣のある編集が施されている。これらの情報は、今日においても民俗学、考古学、生物学などの分野に寄与するところが大きい。

なお、道貞が執筆した原稿本および出版時の版木は、佐久市市有形文化財として現存し、現在も保管されている。