1-3-1 香春駅 -現勾金駅-

 明治24(1891)年の若松‐直方(のおがた)間の筑豊興業鉄道の開通で石炭輸送も水運から鉄道へと変わり始めます。香春(かわら)駅(現勾金(まがりかね)駅)は、明治28(1895)年8月15日私鉄豊州鉄道が行橋(ゆくはし)駅~伊田駅(現田川伊田駅)間の開業時に、田川線の香春駅として開業しました。勾金村にできたこの駅の名称は、香春駅となりました。
 田川郡赤村と京都(みやこ)郡みやこ町をつなぐ石坂トンネルは起工から1年2ヶ月後の明治28(1895)年八月に完成しました。こうした筑豊の鉄道網の整備による石炭供給を背景として、当時製鉄先進国であったドイツの指導で明治34(1901)年官営八幡製鐵鉄所が完成し、筑豊の石炭供給は加速されていきます。
 香春駅からは明治32(1899)年に豊州鉄道が敷設した夏吉(なつよし)線がありました。短期間ですが、旅客の扱いもしていました。主に中小炭鉱・三井六坑・日本セメントの貨物輸送に利用されていました。昭和18(1943)年5月に小倉鉄道(東小倉~採銅所~上香春~梅田~上添田)が、戦時買収され国有化したときに、日田彦山線の上香春駅が香春(2代目)駅となり、初代の香春駅が勾金駅と改称されました。昭和48(1973)年夏吉~勾金駅貨物線が廃止され、日本セメントが専用線として利用しました。平成元年(1989)に平成筑豊鉄道移行に伴い専用線も廃止されました。
 

勾金駅(昭和56年)
提供:白石淳二
※苅田(かんだ)港行き日本セメント専用車輛のタンク車が停車中

旧夏吉線
撮影:加治泰幸
※旧夏吉線と日本セメントの煙突

 
参考文献
筑豊石炭礦業史年表編纂委員会(1973)『筑豊石炭礦業史年表』田川郷土研究会,西日本文化協会.
 
地図
筑豊煤田地圖(筑豊炭礦誌)』明治26(1893)年製図 明治31(1898)年発行 中村近古堂.
小倉3号「後藤寺」』明治33(1900)年測量 明治36(1903)年発行 大日本帝国陸地測量部.
筑豊炭山位置略圖(筑豊石炭鑛業要覧)』明治43(1910)年 筑豊石炭鑛業組合事務所.
九鐵沿線炭鑛位置略圖(最新筑豊石炭鑛業要覧)』大正6(1917)年 筑豊石炭鑛業組合事務所.