1.年代・月日の記述について

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a.年代の記述
 西洋紀年を用い,日本の年号・干支を援用した.西洋紀年は,1873年(明治6)以降は,原則として'73年のごとく簡略化して用いた.
b.月日の表記
(イ) 陽暦の月日の記述
  • 月日の明確な場合
各事項の冒頭6.28 のごとくゴチック体で示した.
記述中'77.6.28または6.28のごとく明朝体とした.
  • 月のみで日付の不明確な場合
各事項の冒頭6.― のごとくゴチック体で示し,その月の終りにおいた.
記述中'77年6月または6月のごとく記し,明朝体とした.
  • 月および日付共に不明確な場合
<この年>の項を設け,▷印を付してその年の終りにおいた.なお,季節の表示によるものは内容から判断して相当する箇所においた.

(ロ) 陰暦の月日の記述
  陽暦採用の1872年(明治5)以前は,陽暦に換算した月日をゴチック体で示し,併せて陰暦の日付を示した.また,西洋紀年に対して日本の年号をも示した.
  なお,1873年(明治6)以降でも,原典が陰暦の場合は陰暦とし,〔  〕印をもってこれを示した.これとは逆に,1872年(明治5)以前でも,原典が陽暦の場合は,陽暦の記述に従った.
  • 月日の明確な場合
各事項の冒頭陽暦に換算した月日をゴチック体で示し,〔  〕内に陰暦の月日を示した.
記述中〔6.28〕のごとく〔  〕を付して陰暦のみを明朝体で示した.

 (例)1859年(安政6)
  5.31〔4.29〕鞍手郡長井鶴村椎木谷焚石丁場にて,〔4.27〕入り込みの身元不明の日雇稼の男,中風症となり死亡.〔5.1〕人相書を組頭・庄屋より郡代役所へ提出.16
 
 冒頭の5.31は,陰暦〔4.29〕を換算した陽暦.
 〔4.27〕および〔5.1〕は,記述中の陰暦.
  • 月のみで日付の不明確な場合
各事項の冒頭陽暦に換算した月日を示すことが出来ないので,〔8.―〕のごとく陰暦の月だけを示し,その月の終りにおいた.
記述中〔8月〕のごとく,その月だけを示した.

 
 (例)1842年(天保13)
  〔8.-〕福岡藩,生臘・鷄卵仕組の赤字を返済させるため焚石旅売再開.〔11月〕石炭も仕組に加えられ,郡方の受持で売りさばく.605
 
 〔8.-〕は冒頭の陰暦であるが,日付の不明であることを示し,記述中の〔11月〕は陰暦11月であることを示す.
  • 月および日付共に不明確な場合
陽暦の場合と同じく,<この年>の項を設け,▷印を付してその年の終りにおく.季節の表示によるものは相当する箇所においた.
  • 月日はわかりながらその年の不明確な場合
推定によってその年を定め,<この年か?>の項を設け,▶印を付してここに収めた.
  • 正確な年はわからないが,おおよその年代のわかっている場合
<この頃>の項を設け,■印を付してここに収めた.
  • 陰暦を陽暦に換算するに当り,陽暦のその年になるか翌年になるか判定し難い場合
たとえば,文久2年12月13日は陽暦では1862年1月1日に当っている.従って文久2年12月だけでは,1862年に入れるべきか1863年に入れるべきかを決めることはできない.このような場合は,本年表では,1862年(文久2)に入れ,〔文久2年12月〕というふうに年月の前にその年の年号を冠することにした.