田河は『豊前国風土記』逸文(宇佐宮託宣集)に登場します。その中には「田河の郡、鹿春の郷、郡の東北のかたにあり。此の郷の中に河あり。年魚あり。その源は郡の東北のかた杉坂山より出でて、直に正西を指して流れ下りて、真漏川に湊ひ会へり。」と書かれています。
また、『和名類聚抄』では、田川は多加波(たかは)と記されています。さらに、『日本書紀』景行天皇記には「高羽の川上」と記されています。古くは高羽・鷹羽と書かれることもあります。その訓読は「たかは」でしょうか。
「田河」はどう読むのでしょう。国語辞典では田川も田河もタガワと読まれています。少し前のこと、明治・大正時代のお年寄りは「タカハ」と発音する方もおられました。
一方、鷹羽や高羽の表現も使われています。後藤寺丸山公園付近にある寺は寺号が鷹羽山観音密寺となっています。伊田の風治八旛宮の丘陵は高羽山(宮山)と縁起にあります。
彦山の鷹羽伝説「鷹の羽が落ちたので鷹羽とした。」これは根拠のない伝説ですが、むしろ明治生まれのお年寄りが発音した「タカハ」も古い時代は通用していたのでしょう。
日本人はもともと発音していた音に漢字を当てて、表記しています。いろいろと考えてみるのもたのしいですね。
(中野直毅)