資料編

102 ~ 103

秋峰(逆峰)中世の峰入りの道

図中緑線  緑番号:宿推定地  作図:中野直毅

国土地理院地図(25000分の1地形図使用)

中世の峰入りは弁城宮・上野宮など里道を進み、金剛界の権現山(北九州市)から本行入りを行い、尺岳→福智山へと進み、胎蔵界の英彦山へは、中世に於いて戸城山や岩石山などの山岳を通過し峰入修行が行われました。また、旧古宮(阿曽隈社)には宿をおいたことが推定されますが、⑨⑦の関係は不明です。障子ヶ岳や岩石山に山城が築かれるとルートが変わっていきました。

参考文献 長野覺(1987)『英彦山修験道の歴史地理学的研究』名著出版.

     木村晴彦(1989)『香春・英彦山の歴史と民俗』葦書房.


秋峰(逆峰)近世の峰入りの道

図中緑線  緑番号:宿推定地  作図:中野直毅

国土地理院地図(25000分の1地形図使用)

近世の峰入りは里道を主に利用します。岩屋宿と福智宿は一年交替で宿をとり、古宮八幡神社も宿をおいています。中世末山城の築城、

近世山奉行支配などにより里道ルートが主となりました。金剛界の尺岳→福智山へと本行入りし、古宮宿から里道を進みます。岩石権

現・白山宮も山麓に移されています。

参考文献 長野 覺(1987)『英彦山修験道の歴史地理学的研究』名著出版.

     木村晴彦(1989)『香春・英彦山の歴史と民俗』葦書房.