虎尾桜を心配する世話人会
平成元(一九八九)年三月、上野の山中で「虎尾桜」と昔から呼ばれてきた桜がエドヒガンであることがわかりました。福智山にはヤマザクラしかないと思っていた私にとって大変な驚きでした。調べたところ根回り四・七三m、胸高周囲三・八三m、樹高二三mの巨樹でした。しかも多くのエドヒガンの花が淡紅色(いわゆるさくら色)であるのに対しこの花は紫紅色で美しく観賞価値の非常に高い桜でした。樹齢は五百五十年以上と推定しています。ただ残念なことに木は杉木立に埋もれた形になっていて根元は朽ちて表面には腐葉が積もり、コケが生え、さらにシダ植物や小さな木まで生えていました。
さっそく十人あまりの同志を募り、この貴重な木を保護することにしました。会の名称を「虎尾桜を心配する世話人会」として活動を開始しました。まず、山の持ち主に相談して周囲の杉を切らせてもらい、着生した植物や朽ちた部分を取り除き、風通しと日当たりをよくしました。桜は陽樹の一種で、強い光が当たらないと生きていけません。それ以後、福智登山道から虎尾桜までの道の整備、小川の橋掛け、案内板の設置、桜の下刈りなど毎年続けています。時には樹木医による診断、治療、支柱立てやワイヤー掛け、肥料入れなどボランティアの人たちの手も借りながらやっています。花見会は自然観察や歴史探訪も兼ねて行います。
エドヒガンという桜
エドヒガンは本州・四国・九州に自生し、朝鮮(済州島)や台湾にも分布しています。虎尾桜の名は枝先が細長く、伸びてその先端が少し跳ね上る性質があることから虎の尾になぞらえられたものと思われます。
エドヒガンは最も長寿の桜ともいわれ、国の天然記念物に指定された木が何本もあります。例えば、山梨県の山高神代サクラは日本武尊(やまとたけるのみこと)が植えたものといわれ、幹回りは目通り一〇・六七mで全国で最古かつ最大です。岐阜県の梶尾谷薄墨桜(うすずみさくら)は幹回りは八・三mで樹齢は千数百年といわれます。花は盛りを過ぎると淡い黒色に変化するためこの名があります。
虎尾桜とは別に県内に有名な桜に英彦山の「守静坊のしだれ桜」があります。シダレザクラ(イトザクラ)は枝が垂れるタイプのエドヒガンです。江戸時代の文化・文政の頃に坊の真光院普覚が京都の祇園から持ち帰ったもので樹齢は約二百年です。現在祇園の円山公園には当時の桜の二代目が健在です。
エドヒガンの特徴
ヤマザクラとの違いは次のようです。細い枝に小さな花がたくさんつきます。花の時期、葉はまだ出ていません。がく筒の下部に丸いふくらみがあります。花柄や葉柄に毛が密生しています。新葉は緑色です。樹皮は暗灰褐色で縦の割れ目が走っています。
花の色
ヤマザクラの花は淡紅系、時に白系であまり変化がありませんが、エドヒガンは遺伝子の違いが花の色に反映され、多くは淡紅系ですが虎尾桜や源氏桜のような紫紅系、中には純白の白系もあります。咲き始めは紫紅色ですが満開になる頃には淡紅色になるなど個体により現れ方に差異があります。全国的には三陸地方などの北方に濃色系が多く、南方になるにつれて淡色系が増えると言われますが、福智町では濃色素の割合が高いと思われます。
エドヒガン調査
虎尾桜の保護活動の傍ら他に無いか調査をしたところ、上野の山で十本ありました。代表的なものは虎尾桜から東方に約四十分の所にある二本の桜で、共に胸高周囲が二・二m前後、一本は紫紅色、もう一本は淡紅色の花をつけるので合わせて「源平桜」と呼んでいます。もう一本は上野越の下方にある「海人(あま)ヶ桜」で紫紅色の花をつけ、源平桜と同じくらいの大きさです。調査を進めるうち福智町弁城の岩屋地域や弁城川上流域にも多数あることが分かりました。現在計測できているのは上野地域で十本、岩屋地域で十六本、弁城川上流域で十二本の合計四三本ですが、まだ地形上近づけないところにも数本ありますから福智町には大小五十本余りのエドヒガンが存在していることになります。何といっても県下唯一の野生集団で学術上とても貴重な存在です。
調査して分かったことは地球温暖化で周囲の樹木の成長が非常に速くなっており、エドヒガンにおおい被さって光を遮っていて危機的状況になっているということです。また多くの木にヤマフジやキズタなどの蔓性の植物がのぼり樹冠を被っていることでした。周囲の木を伐採して日当たりをよくするなどの対策を早急に施さないと貴重な財産を失ってしまうことになります。