猪膝(いのひざ)は、小倉から朝倉市秋月に通ずる江戸時代の宿場町で、旧街道沿いに商家などが並んでいます。この猪膝(いのひざ)往還は猪膝(いのひざ)峠(峠を下った所に国境石があります)を越えて、筑前国(嘉麻市)の大隈・千手・秋月宿と続きます。猪膝宿近辺の人はこの街道のことを「猪膝街道」と呼んでいます。
猪鼻(いのはな)・猪国(いのくに)・猪膝・猪尻・猪位金(いいかね)と「猪」のつく地名が多くあります。猪膝の地名伝説となると、土地の古老もいろいろな説を唱えています。その一つに地名にまつわる伝承があります。
昔、この辺りには猪が多く、その害が続いていたため村民たちは総出で狩りを始めました。びっくりした猪はあわてて逃げ出しましたが、鼻を突かれ(猪鼻)、さらに逃げようとしましたが膝を折り(猪膝)、ついには尻もちをつき(猪尻→井尻)、村民に捕らえられてしまったといいます。
もうひとつは、猪位金の白鳥神社縁起書に書かれているものです。日本武尊(やまとたけるのみこと)がこの土地にいた猪折(いおり)・土折(つちおり)という土賊を捕え、猪折の鼻を切り落とし(猪鼻)、次に膝を切り(猪膝)、尻を切り落として(猪尻→井尻)見せしめとしたところで地名となった、という説も聞かれます。地名の由来をいろいろな方法で調べようとしても、土地の郷土史研究家でも結論が出しにくいとのことです。
私自身、妻の実家である旧猪膝宿内で大きな猪に出会ったことがあります。八月の子どもの夏休み中、息子とクワガタ取りに行こうと玄関を出ると猪が一匹、目の前にいました。猪もドアの音と人間の出現にびっくりしたのか、慌てて逃げ出しました。どこにいくのか息子と追いかけると、国道三二二号を横切り、猪位金川に飛び込み泳ぎ、川向こうの土手に上がって東側の山の中へ逃げていきました。「こんなところまで猪が出てくるんだ。猪の泳ぐのが上手なこと」と、逃げるスピードと、無駄のない動きにびっくりしたことを思い出します。