むかしむかし、風治八幡宮の正面が今の裏参道、香春岳方向だった頃のお話です。拝殿には竹田番匠(註)の手がけた勢いある木彫りの龍が奉納されていました。その龍は大きな目で参詣する氏子をしっかと見守っておりました。
註 竹田番匠とは豊後岡藩(大分県竹田市)の御用大工の棟梁の総称で、飛騨の匠と同様に優れた大工さん(名工)のことをいうそうです。
とある暑い日々が続いた昼のことです。
「暑いのう。たまらん」「池に遊びに行こうや」「うん。行こ」子どもたちは水遊びに行ってしまいました。喉が渇ききっている龍はうらやましくてたまりません。参道をおり堂の坂をくだればそこには、沢がにもいるきれいな水の湧く清水ヶ池がありました。
その先は伊田川(彦山川)です。
暑い日は何日も続きました。宮山のすぐ北側から子どもたちの楽しげ気な声が聞こえてきます。そもそも元気ものの龍は我慢しきれなくなりました。とうとう辺りが寝静まった夜更けに拝殿から抜け出したのです。清水ヶ池まではすぐそこです。
「夜明けまでにもどればだいじょうぶ」
ズッズッ。ズッズッズッズッ。ズボォーン。水浴びの気持ちよさといったらありません。ゴクンゴクン。腹いっぱいに水を飲みました。池の中をグルングルンと回りました。でも、見つかったら大変。明け方になると急いでお宮に戻りました。
翌日も。その翌日も。
しかし、そんなことがいつまでも続けられるはずがありません。
「池がむちゃくちゃにされちょうぞ」「水が汚れて使われん。どうしたんかの」「誰がしよんか。くそっ、捕まえてやる」
そんなこととはつゆ知らず龍は今夜も又出かけていきました。水は美味しい。水遊びは楽しい。ゴクンゴクン。ドテンバタン。
ビチャビチャバシャン。
「こりゃなんしようとか」「やめんか。こりゃあ」むちゃくちゃに暴れまくっている龍を村人が大声で叱りますが聞き入れません。
騒ぎを聞きつけたお寺の和尚さんが
「どうした。どうした。おまえは喉が乾いたんじゃの。いっぱい遊びたいんじゃの。もう朝になるからちょっとやめて寺で休まんかの」と声をかけました。
白んでくる空とお坊さんの優しい声に、はっと我に返った龍はようやく水遊びをやめてどうにかお寺まで戻りました。それからはお寺に移り住み迷惑をかけることなくおとなしく過ごすようになったということです。
今は新装なった徳勝寺の軒先からギョロッとした大きな目で園児たちを見守っています。