「ひと山 ふた山 み山こえ・・」と炭坑節にあるように香春岳は、手前から一ノ岳(四九一・八m)二ノ岳(四七一m)三ノ岳(五〇八m)の三峰からなり、奇岩重畳突起として聳え田川三座と称された信仰の山で、今のように石灰岩資源の山として頂上から削られ年々低くなっていく白い無残な台地のような山ではありませんでした。
このお話は、中世に香春岳が幾度も戦乱に巻き込まれていた頃、一ノ岳東面中腹にあった鬼ケ城にまつわる哀しいお話です。
五徳の村に平五郎という若者がいました。隣の娘、お由とは親も許した仲でした。
ところが、夏祭りの夜、ふとしたことで城中に仕えるお房とのかりそめの契りから人目を忍ぶ間柄となってしまいました。平五郎のそんな心変わりをお由は感じとり胸を痛めていました。
戦はいよいよ激しくなり五徳の村にもその波はうち寄せてきました。村人は戦禍をさけてみな遠くの親類や知人のところに逃げてしまいました。
「平五郎さん、どうか、いくさが終わるまで彦山の叔母の許にいっしょにまいりましょう」
お由が平五郎に哀願しますが、お房に心をうばわれている平五郎にはお由の願いなぞ耳に入りません。戦におののいているであろう城中のお房のことでいっぱいなのでした。
戦はすでに四日目。正月十二日の雪降りつもる夜更け、ついに鬼ヶ城に火の手があがり天守も煙に包まれてしまいました。
「ああ、城が城が…。お房、お房…」
平五郎は狂ったように駆け出しました。
「待って。平五郎さん…」
「うるさいっ!堪忍してくれっ」
とりすがるお由を平五郎はじゃけんにつきはなし、お由は傍らの石でしたたか頭を打ちつけてしまいました。木の根や石につまづき転びながらも平五郎は雪の中をひた走りに走りました。
「お房、お房おらぬか、お房…」右往左往する城兵をかき分け焔の中にお房を見つけると、しっかと抱きかかえ降りしきる雪の中を今きた道をとってかえしました。「お房、しっかりするんだ。おれだ。平五郎だ」気を失ったお房を雪におろし背をさすり懸命に介抱しました。ようやくお房はかすかに目を開いたのでした。「ああ、よかった。よかった」平五郎はお房を抱きしめました。しかし、無事を確かめあうふたりが坐る雪の下に、すでに冷たくなったお由が埋もれていることに気がつく由もありません。
その時です。寄せ手を防ぐ城兵の落とした石が雪煙をあげて落ちてきたのです。ドドン、ズドーン。瞬時のことでかわすこともできずにふたりの姿は消えてしまったのです。ふたりの下に埋もれているお由までも。
三人を岩根深く埋め込んだ大石は、この哀しい物語りを秘めたまま数百年の星霜が流れました。風音もなく静かに雪の降る夜、この石の傍らを通る人はお由のすすり泣きが聞こえるといわれ、だれいうともなく、この石を、「夜泣き石」と呼ぶようになりました。