「ことしも豊作じゃな」庄兵衛さんは青々とした水田をみながらつぶやきました。きょうは中元寺川の松の枝落としを鼻歌を歌いながら一生懸命に斧をふるっていました。ところが、ふとしたはずみで手がすべってしまい、斧は勢いよく下の川の淵に落ちて沈んでいきました。この淵はとても深く、どんな干ばつでも底をのぞかせたことはありませんでした。
それでも庄兵衛さんは斧が惜しくてたまらず、淵をめがけてざぶんと飛び込みました。どんどんもぐっていったところで、庄兵衛さんの目の前に見たこともない御殿があらわれました。そこに美しい乙姫が出てきて庄兵衛さんを御殿の中に招き入れました。
御殿の中にはまるで、彼がくることを予想していたように、ごちそうが並べられていました。それはえもいわれぬ味がしました。それからは、毎日がごちそうぜめでした。夢のようなひとときを過ごしていた庄兵衛さんも、ふと家のことが気がかりになり、
「ごちそうになったままで申しわけありませんが、家のことも気になりますので、帰りたいと思います。斧を返してください」
乙姫は残念そうに
「それは残念なことです。どうかくれぐれも体に気を付けて―。それから、お家に帰っても決してここのお話はだれにもなさいませんように。もし、約束を破ると大変不幸なことになります」
庄兵衛さんは別れを惜しみながらも、乙姫と約束をしました。家に帰ると、家ではちょうど法事の最中でした。しかも、驚いたことに庄兵衛さんの三回忌をしているではありませんか。死んだはずの庄兵衛さんの顔を見た親類の人たちはみんなおどろきました。なにしろ、庄兵衛さんが神かくしにあったと思っていたのですから、喜ぶやら不思議がるやら。
「いままで、どこでなにをしていたのじゃ」
説明しないわけにはいかない羽目になった庄兵衛さんさんは仕方なく御殿のこと、乙姫のことなどを話し始めました。
ところが庄兵衛さんが話し終わらないうちに、真っ黒な雲が空をおおい、大地も裂けよとばかり大雨が降り始めました。雨は三日三晩降り続き、やっとおさまりました。
そして―。庄兵衛さんが自慢にしていた青々としていた田んぼは、いつの間にか岩だらけになっていました。この岩は千畳岩と呼ばれ、鮎返り橋のすぐ上流にあります。