その話がいつ、どこから伝わったのか、村人の中にも詳しく知る人はいませんでした。それでもとりたてて真偽を確かめることもしませんでした。
それは地蔵が千両箱をもち、地蔵堂の境内の白いツバキの下にあることです。千両箱の物語は、人々の夢の中にだけ生まれていました。夢をこわしたくなかったし、畏敬(いけい)の念もありました。そのため、村人も真偽は確かめないままでした。
あるとき、見知らぬ一人の男がたずねてきました。どうやら芦屋の人です。「過日、私は不思議な夢をみました。地蔵さまが夢枕にあらわれ、この地に千両箱を埋めていると告げられました。何でも地蔵堂の近くのツバキの下を掘ってみるのがよいとのことです。だれか案内して私のお手伝いをしてください」
それを聞いた村人はおし黙ったまま、お互いの顔を見合わせました。そして、かぶりをふりました。
「そのような話には協力いたしかねます」
男は、それ以上何もいわず帰っていきました。
翌朝、思いがけず芦屋の浜に千両箱が打ちあげられていました。その千両箱は、くだんの男がみつけました。
ずっと後のことですが、ここに炭鉱が開かれ、良質の無煙炭が採掘されるようになりました。地下にある千両箱というのは、つまりはこの地蔵堂の下に埋蔵されていた石炭のことであったそうです。
「地蔵さまはそうじゃな。ちょうど、この真正面にありましたかな。ボタがせり出してきたもんでそこの高木神社の境内に移しました。もう、何年になりますかな」
野良の手を休めて、古老は感慨深げに雑木林を見やりました。山肌に沿って、ボタがまるではりつけたように捨てられていました。
高木神社は大任町福田(ふくだ)にあります。県道から、ごくわずかはずれた高台にあります。地蔵はひっそりと、境内の片隅に置かれていました。その表情は心なしか時の流れを寂しく見つめている風に見えました。
似たような白椿伝説は日本各地にもあり、町内では他に桑原の「城ノ山」、上今任(かみいまとう)の「米丸山」の伝説で、やはり白椿の下に財宝が秘められているそうです。