赤池 佐矢(さや)の神

403 ~ 403

【関連地域】福智町

 福智町赤池から小竹へ抜ける道、福岡県道六二号(北九州小竹線)を真っ直ぐ行くと小峠と呼ばれる坂があります。この小峠は昔の豊前と筑前の国境に位置しています。

 小峠は現在では道路も整備され、工場も建つ開けた場所ですが、それまでは昼なお暗く、片方は急峻な山、一方は深い谷で超すのに難儀していたそうです。この峠の頂上付近左側に「佐矢の神」という神様が祀られています。この神様は下半身の病気にご利益があり参拝者も多く、地元では「珍宝神様」の名で親しまれています。なぜこの場所にこのような神様が祀られているのでしょう。

 この「佐矢の神」には子を想う父とそれを受け止めた娘の悲しい物語があったのです。

 『その昔、戦乱の世に追っ手を逃れ、この小峠を越えて筑前から豊前へ向かおうとする落武者とその娘がいました。娘の名は佐矢姫。佐矢姫はとても病弱で、峠の頂上にたどり着いた時には心身ともに疲れ果てて動くことができなくなっていました。娘の死を悟った父はこのままこの世を去るのはあまりにも不憫」と、人の道に外れたことは知りつつ…。父はその後自ら命を絶ちました。

 父の気持ちを察した娘はここで皆の下半身の病気を治すことを誓い、静かに息をひきとりました。里の人たちは娘を手厚く葬り、娘が息をひきとった場所に「佐矢の神」を祀りました。そして、「佐矢の神」は婦人病・夜尿症・足の痛み、浮気封じなど下半身の神様としてあがめられるようになりました。』

 この神様は、最初に鎮座していた場所から少しだけずれていますが、その時の話についても紹介します。

 今から数十年前まで佐矢の神を世話していた老女はとても霊感の強い霊能者でした。県道六二号(北九州小竹線)の工事で小峠を掘割ることになり、佐矢の神を移転させなければならないことになりました。

 老女が佐矢の神に御参りして別の場所に移そうとした時です。

 「私はこの場所、この風景を気に入っており、移りたくない」というお告げが佐矢の神からありました。そこで、元の場所から少しだけずらした現在の場所にまつったということです。

(奥永渚)

註 一部、福智町商工会旧ホームページを参考にしております。