今から五百年以上も前のことです。岩屋の谷に化け物が現れ、付近の人々をとても困らせていました。この化け物の正体は不明で、昼夜関係なくやってきては人や家畜に危害を加えていました。困り果てた村人たちは話し合い、香春の領主・岩倉内膳にこの化け物の退治を願い出ました。化け物の噂を耳にしていた内膳は、すぐに村人たちの願いを聞き入れ、さっそく翌日、家来百人に弓矢や手槍を持たせて岩屋の谷に向かわせました。
ところが、興味本位で参加した家来たちが多かったことから、化け物たちの奇怪な声と目も開けられないほどの砂嵐や石つぶての攻撃の前に、なすすべもなく逃げまどうというさんざんな結果となりました。内膳はことの次第を家来から聞くと、次回は自ら兵を率いて出陣することにしました。
いよいよ二度目の化け物退治の日です。内膳は選りすぐりの家来三百人に鎧や兜を着用させると、自分も戦支度を整えて岩屋の谷へと向かいました。
一行が谷の奥深く入って行くと、空は掻き曇り、化け物たちの奇声が山林に響き渡ると、砂や石つぶてが容赦なく襲ってきました。さすがに武勇の誉れ高い内膳でも、これにはどうすることもできませんでした。しばらくは、家来に命じてあたりかまわず矢を射させていましたが、矢が尽きると万事休すです。内膳は仕方なく家来たちに退却を命じると、自らも命からがら香春の城へ逃げ帰りました。
化け物たちは二度までも討手を追い返したことで、勝ったことをいいことに以前にも増して悪行の限りを尽くすようになりました。村人たちは夜はもちろんのこと、昼間でも外に出ることができなくなりました。また、それ以上に心を痛めたことは、田畑が荒れ放題になっていることでした。このままでは今年の作物は全くとれなくなるからです。
そのため、村人たちは再び集まって対策を考えました。そして、今度は宗像中納言に化け物退治を願い出ることにしたのです。農民たちの願いを聞いた中納言は、すぐに配下の武将たちを呼び集めると、化け物退治の志願者を募りました。ところが、武将たちは武勇の誉れ高い岩倉内膳が二度までも失敗し、命からがら逃げ帰ったことを知っていたため、名乗り出ようとする者はいませんでした。そうこうするうちに、武将の中からだれ言うとなく「化け物を退治できる者は、笠城の兼武殿をおいて他にはいないであろう」と言う声があがりました。中納言もすぐに笠城の乗手石見守兼武のもとに使者を送りました。
中納言から話を聞いた兼武は、相手は姿を変えることのできる正体不明の化け物であるため、武勇だけでの退治はできそうにないと考え、笠城に戻ると精鋭の家来五十人を呼び、化け物退治の作戦会議を開きました。そして、一つの策略を胸に笠城から約四里(約十六km)の岩屋の谷へと向かったのです。谷に到着した一行が麓で陣容を整えていると、どこからともなく兼武のもとに一人の綺麗な女性が現れました。その女性が言うことには「私はこの山に住む化生(けしょう)の者でございます。近ごろ香春の領主様が二度までも私たちを退治にこられましたけれど、私たちは変化をなしてこれを退けました。しかしながら、今度のあなたさまにはかないそうにありません。どうかお願いでございます。今日の化け物退治は、武士の情けをもちまして何とぞおやめくださいますよう、化生の者を代表してお願いいたします」と兼武に懇願したのです。しかし、兼武は「いかに化生の者の願いであろうとも、これまでに村人たちを苦しめた罪悪は許されるものではない。また、このまま帰ったとあっては、武士の面目がたたない」と言い返し、この願いを聞き入れませんでした。すると、兼武の前にすわっていた女性はもの凄い形相をして立ち上がり、跡形もなく姿を消したのでした。
いよいよ化け物退治の始まりです。兼武らが動き出すと空は真っ黒に染まり、樹木を吹き飛ばしそうな砂を含んだ強風が吹き荒れました。化け物たちの攻撃は凄まじく、岩倉内膳のとき以上に執拗でした。兼武は慌てふためく兵たちを見ながら、懐(ふところ)から一本の竹笛を取り出すと吹き始めました。すると、しばらくすると不思議なことに風は静かになり、周りも次第に明るくなっていったのです。そして、驚いたことに、兼武らの前に二十匹近くの古狐が正体を現して笛の音に聴き入っているではありませんか。兼武は笛を吹きながらボスと思える古狐に狙いを定めて矢を放ちました。矢はみごとに心臓を射抜きました。ボスを失った狐たちは先を争って逃げ出そうとしましたが、周囲を取り囲んでいた兼武の家来たちに一匹残らず捕らえられてしまいました。以来、岩屋の谷は平和な村に戻りました。この化け物退治で笠城の乗手石見守兼武の名が一段と高くなったことはいうまでもありません。