縄文土器は食物を煮炊きするために作られた画期的な道具であった。縄文土器のうち、ほとんどは煮炊き用の深鉢形土器であり、深さや形は異なるが、今日の鍋に相当する。しかし、一万年の長い間には、時期や地域により徐々に形態や文様は変化していき、深鉢形土器のほか浅鉢や鉢・壺・注口などの多くの種類の土器が出現するようになる。文様は縄文土器の名称の契機ともなった縄文を地文とするものが多く、これに粘上紐を貼り付けた隆帯、ヘラや竹管などで引いた沈線で加飾するもの、縄文を全く用いないものなど、時期や器種によって変化がみられる。本町では中期中頃の土器は上の原遺跡の出土資料が豊富であるが、そのほかの時期はほとんどが破片資料で、全体の形の分かるものはほんの僅かである。