16図 愛宕塚古墳全景
愛宕塚古墳は、直径約四〇メートルの県北でも最大級の円墳であるにもかかわらず考古学上ではほとんど無名であった。「栃木県文化財地図」(県教育委員会 一九八五)にもその名はなく、公的に遺跡登録がない未周知の古墳だった。境丘南側の裾で一〇数片の円筒埴輪の破片が採集されており、〈埴輪をもつ大型円墳〉の存在は、終末期の古墳が主体の地域とする当初の予測を覆し関係者を大喜びさせた。
一九九二年早春、町史編さん室は墳丘の全体測量図を空撮及び地上測量(委託)により作成した。完成図をみると、二〇センチ間隔の等高線がほぼ乱れなく円形に等間隔に近い状態で廻り、境丘は原形に近い状態を保っていることが分かった。しかし、直径二〇メートルほどの墳頂部は、南縁に凸凹がみられ掘り返しがあったらしい。明治年間ころには祠があったというのでその関係であろうか。測量図により、愛宕塚古墳は広く平坦な墳頂部をもつ端正な円錐台の形状を呈し、後期古墳の代表的な墳形である「截頭円錐形」の大形円墳と確認され、丘陵中腹に立地していることも分かった。深い木立ちに隠れていた古墳はこうして姿を現したのである。
愛宕塚古墳は後世に伝える貴重な歴史遺産として現況維持が必要だが、それに係る保護施策と共に町民に寄与する史跡活用も大きな課題である。それにより町域唯一のこの大型墳はいっそうの威厳をあらわすであろう。
[関連史資料] 愛宕塚古墳平面図 (目録)