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銀象嵌の刀

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 これらのうち、比較的大型の1号墳(石室全長六・八メートル)からは、直刀や縁金具の他に四人分の装身具が出土し家族墓の典型的な在り方を示しているが、この中の鍔に銀象嵌の文様があることがレントゲン写真で判明した。詳細はまだ発表されていないが、一九九四年に発掘調査された矢板市東泉の立野古墳でも同様例があることが分かった。
 調査者の石川均の厚意により、それについて触れてみたい。
 立野古墳は、南向き斜面の高い位置につくられた七世紀代の円墳で、河原石積みの横穴式石室をもつ。その奥壁ぎわで二本の直刀が出土したが、両方とも鍔とそれを柄に固定する縁金具とに銀象嵌の装飾文様があった。赤褐色にサビついた直刀に外見からは想像もつかない微細な文様が彫りこまれていることがレントゲン写真で分かった。写真はその一本の鍔の部分を撮影したもの。黒い棒状の部分で上が柄、下が刀身で右側が刃。鍔は刃の側が尖った楕円形で、内側と外側の二段に文様がある。鍔の両面に同様の文様があり、写真には裏面の文様が透けて写っているので花弁のようにみえるが、実際は短い弧線を等間隔に配列したもの。また鍔の縁にも二重の半円を交互に配列している。
 鉄製の直刀に象嵌の装飾を施すことは六世紀後半ころに多いとされ、柄頭には亀甲文、鍔や鞘金具には鱗状の文様などが代表的である。鉄の地肌に細い溝線を鏨で刻み、その溝に細い銀の針金をはめ込んで仕上げる細工はデリケートで高度な技工を要する。立野古墳の銀象嵌例は技術的には稚拙な面もあるが、当時の先端的な技術で施文された鍔の珍しさは支配者の武人としての面目を際立せた。

33図 銀象嵌の鍔(矢板市立野古墳出土)