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コラム 天正九年の呪符のある棟札

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 花岡の福田正雄の所蔵の棟札は、表中央には「南無妙法蓮華経」の文字が俗に「ひげ題目」と呼ばれる独特の書体で書かれ、周囲に諸仏名が書き並べられている。これは正式には日蓮上人が体験信解した法華経救済の世界を示した「日蓮十界曼荼羅」といわれる形のもので、それか棟札に書かれている点珍しいものである。
 そしてさらに、裏面上部には「鬼」という文字の変形体が四文字書かれているのが目を引く。
 この棟札は天正九年(一五八一)に熊野神社を勧請して氏神として建てた社の棟札である。
 棟札は、建物の上棟を祝い、かつその安全と永続を祈願してつくる護符(神仏の加護のこもっている札)であり、たいがいの場合何らかの魔除けのような記号やまじないの標記などが施されることが多い。そうした記号や標記のことを呪符というが、ここに紹介した棟札の日蓮十界曼荼羅も鬼の異形文字もともに呪符そのものである。
 このような呪符は、我が国においては古代・中世の社会生活全般に浸透していたことが近年の考古学の進展による出土品の事例によってわかってきた。つまり、棟札のように建造物とともに伝えられたものは比較的伝存率が高いのであるが、日常的に作られていた呪符の類は確率が低いながらも出土例が出てきたのである。その点、最近宇都宮市の長岡百穴遺跡から出土した呪符が描かれたカワラケなどはその好例である。これには鬼の異形文字や記号などが散りばめて描かれている。
 ちなみに、鹿沼市薬王寺には天文二年(一五五三)の年紀がある呪符の秘伝書が伝わっているが、こうした中世に盛んに作られていた呪符の種類を知るうえで好史料である。

15図 熊野神社棟札(花岡 福田正雄蔵)


16図 呪符の手控(鹿沼市 薬王寺蔵)


17図 長岡百穴出土の呪符が書かれたカワラケ(栃木県立博物館蔵)