この作業は郡内の各小区に一五~二〇か村の模範組合村を編成して行った。本町域は、七四番・七五番の二つの模範組合村に分けられたが、それは次のようだった。
第七四番模範組合村 模範・上柏崎村
花岡、上高根沢、栗ヶ島、寺渡戸、西高谷、太田、平田、桑窪、中柏崎、下柏崎、亀梨、飯室、文挾、伏久、狭間田、松山、同新田(一八か村)
第七五番模範組合村 模範・氏家宿
上阿久津、中阿久津、宝積寺、石末、大谷、氏家新田、馬場、桜野、押上、富野岡新田、長窪新田、蒲須坂新田、箱森新田、柿木沢、同新田、上野(一七か村)
地位等級調査はまず、小区内の村々を土地の肥沃度、水害・干害の程度、交通の便、田畑耕作にかかる労力の多少などにより一等から九等までに分ける甲号等級表をつくることから始まった。これは小区の正副区長、正副戸長、地主惣代が協議してつくったが、それが表22である。
この等級を「村位」と言い、喜連川・氏家が高いが、町域では田は中阿久津、大谷、宝積寺が高く、畑ではそれに上高根沢、中・下柏崎が加わっている。町域全体としてみると五・六等級のところに田は一一か村、畑は一二か村が集中している。
次に模範村を詳しく調べて田畑の等級をきめ、それを基準にして組合村々の等級をきめたが、それは次のような手順で行われた。
(1) 模範村の等級調査は小区の正副区長、大小区地主惣代、模範村の戸長・担当人が集り協議して行う
(2) 等級調査の協議ではまず村内の一等地をきめ、それと比較して他の田畑の等級をきめる。等級の基準は田畑の肥沃さと収穫高によるが、米麦とも反収一斗五升の差があれば等級を分ける。等級は九等以内を目標とするが、特にやせている田畑は等外一、二等とする
(3) 等級がきまったら、図面に記入し実地調査を行う。実地調査には協議参加者の外、組合各村の戸長と担当人一、二名、隣接する模範組合の正副区長・小区地主惣代が加わり、調査結果についてさらに協議して等級を決める。同じ等級をもっと細かく区分するときは、甲・乙または一、二、三をつける
(4) 等級調査が終わったら、地引帳と畝杭に等級を書き入れ、田畑・宅地・平林別に同じ等級ごとの面積を記入した表(乙号表)をつくる
(5) 模範村の等級がきまったら、その一等地と組合各村の一等地を比較して、後者が模範村の何等地にあたるかをきめて、表にまとめる(丙号表)。この表に従って模範組合村の田畑・宅地・平林の等級を統一した表(丁号表)をつくる
このようにして、組合村ごとに甲号表から丁号表がつくられて村位等級調査は終わる。
町域の村々は明治九年中にここまでを終了しているが、調査の中で注目されたのは田の面積の増加である。七四番模範組合の村で二〇町歩以上増加したのは次のとおりである。
上高根沢村 一四二町八反一四歩 花岡村 六五町七反六畝一一歩
平田村 六一町六反五畝一六歩 桑窪村 五五町八反四畝二四歩
栗ヶ島村 三四町七反五畝二三歩 上柏崎村 二五町六反六畝六歩
飯室村 二一町三反三畝八歩 寺渡戸村 二〇町八畝一三歩
これらの村では明治初年に開墾や畑の田への変換が活発に行われたのであろう。
図21 初代矢口長右衛門
大区地主惣代・地位等級比準鑑定委員・勧業委員として活躍、のち県会議員・多額納税者の大地主である
表22 第3大区1小区田畑等級
田 | 等 級 | 畑 |
(喜連川、葛城) | 1 | (喜連川、早乙女) |
氏家、上阿久津 | 2 | 氏家、上阿久津、馬場 |
中阿久津、馬場、氏家新田 | 3 | 上高根沢、大谷、中阿久津、富岡 |
大谷、宝積寺、押上、富岡 | 4 | 中・下柏崎、宝積寺、押上、氏家新田 |
花岡、栗ヶ島、寺渡戸、石末 上高根沢 | 5 | 花岡、西高谷、栗ヶ島、桑窪、亀梨 寺渡戸、石末、桜野 |
太田、平田、西高谷、桑窪 中・下柏崎、桜野 | 6 | 上柏崎、太田、平田、飯室、文挾 狭間田、松山、長久保 |
亀梨、上柏崎、長久保、飯室 挾間田、文挾、松山、同新田 | 7 | 伏久、柿木沢、松山新田 箱森、叺坂、 |
伏久、柿木沢、叺坂、箱森 | 8 | 柿木沢新田、上野新田 |
柿木沢新田、上野新田 | 9 |
史料編Ⅲ・79頁「一・二小区連合等級表心得付」より作成