この議案の審議に当たり、見目清議員は役場は新築してなお日浅く、今日修繕する必要はないとし、村会が軽挙妄動することは村民に申し訳がたたないとし、むしろ道路修繕の方を優先すべきであると発言した。一方、加藤幹実議員は、道路修繕は議題でないから問題外だとして役場、道路修繕いずれも結構であるが、今は日清戦争下にあるのだから、いずれも戦後まで延期してもよいのではないかと提案し、満場異議なく決定した。戦争中とあって村内での不急の工事は差し控えるべきだと考える議員が多かった。
次いで明治二八年(一八九五)三月七日、村会は歳入出予算の件、臨時費高等小学校新築の件、栗ヶ島共有地分裂配当の件、区長補欠選挙の件、書記選任の件を議定するため開かれた。村長は特に高等小学校の必要を訴え、村費四〇〇円、寄付金三〇〇円の予算で建設せんと教員の高等小学校建設の申告書を朗読した。また学校問題は臨時費支出となるのでこの案のみ単独討議に入った。ここで矢口長右衛門議員は次のような発言をした。
本員ハ今一年猶予スルモ差支ナシト思フ、今日征清ノ軍モ遠ク海ヲ渡リ、若シクハ海ニアルノ時、国内ニ於テモ多事ノ際トナス、若シ今日急ニ斯カル工事ヲ起シ、人民ノ反感情ニテモ招カバ折角後ニテ建築セラル可キモノモ或ハ永久其建築シ能ハザルノ不幸ニ陥ルヤモ知ル可ラズ、故ニ一年モ経過スレバ多事ノ清国事件モ終リ平穏ニ帰セバ其時コソ建築ヲ始メ愈々人民モ教育ノ最大必要ノ精神モ納メ得ル時ナレバ……
教育問題は村民にとって重要な意味をもっているが、今は日清戦争という国の大事が行われていることを考えて戦争終結後に建設すべきだと述べた。
これに対し加藤議員は、教育の重要性を訴えて本年の工事着工を主張し矢口議員の一年猶予論に反論を加えた。両者の意見を聞いていた見目議員は高等小学校の単独建築もさることながら太田、栗ヶ島、寺渡戸の三結社が希望するのは中部尋常小学校の改築に合わせて同じ場所に高等小学校も建てたいということだと述べた上で「建築ニ就テハ多少ノ事情モアレバ多少日時ノ猶予ヲ乞ウテ決算報告時期ニ相会シ議セン事最モ可ナリト思フ」と提案した。議員の多数はこれに賛成して結論は先に延ばされた。明治二九年三月二三日、開会の第二六回村会に再び高等小学校の新築問題が上程された。しかし村会の委員会では再び新築が延期になった。延期論の小林正斉議員は次のように述べている。
私ハ延期ヲ取リタル一人デアリマス、能ク昨年ノ米作ヲ見ラレヨ、昨年ハ例年ヨリ非常ノ減作ニテ人民ノ困難ヲ見マス、又本年モ世上ノ風説穏カナラズ、故ニ後日人民惨状ヲ見ル事アラバ我々議員其ノセメ大ナリトス……(明治二九年の「第二六回村会「議事録」)
日清戦争後の不況で村政をめぐる情勢は決して穏やかなものではなく、ここに再び校舎新築は延期となった。次に戦争が村の行政事務に与えた影響を当時の北高根沢村の「事務報告書」からみることにする。
注目されることは、明治二六年と日清戦争が開始された明治二七年に村行政が扱った事務件数のうち兵事関係事務の件数の変化である。表11にみられるように戦争開始前の明治二六年には三九七件であった。それが戦争が勃発した明治二七年には七二三件と約二倍にはね上がった。翌二八年は七五一件と前年件数より微増となっている。
他の事項は特に大きな変化がみられなかったが兵事のみが急増している。
村会においても、明治二八年度は村葬費が臨時費の支出として提案され、「固より出陣死亡の事なれば適当の処置なりと思う」として賛成され、大字桑窪の近衛歩兵一等卒、山崎末吉の村葬費三〇円の支出が決まった。また小松宮殿下が金州に出発の際に「村民一同ニ代リ謹ンデ御進発ヲ祝シ奉ル」という電報を送り、同時に天皇、皇后陛下及び皇太子に「村民一同ニ代リ謹ンデ平和克服ヲ祝シ奉ル、宜シク御執務ヲ乞フ」といった電報を村議会で承認し議長名で送っている。
図28 学校建築問題についての議事録(明治28年3月)
表11 村行政に関する事項別件数
26 年 | 27 年 | 28 年 | |
議員選挙に関する事項 (町村制に関する) | 44 | 72 | 75 |
村会に関する事項 | 271 | 269 | |
学務に関する事項 | 382 | 393 | 393 |
衛生に関する事項 | 61 | 76 | 78 |
兵事に関する事項 | 397 | 723 | 751 |
社寺に関する事項 | 13 | 21 | 25 |
戸籍に関する事項 | 1,095 | 1,186 | 1,198 |
農商に関する事項 | 257 | 309 | 315 |
地理に関する事項 | 737 | ||
土木に関する事項 | 33 | 34 | 181 |
収税に関する事項 | 20,897 | ||
雑件に関する事項 | 1,160 | ||
国税に関する事項 | 6,457 | 15,492 | |
地方税に関する事項 | 7,335 | ||
村税に関する事項 | 2,426 | 2,524 | |
土地に関する事項 | 2,505 | 1,394 | |
人民ノ提出ニシテ単ニ経由ニ係ル願届 | 326 | ||
合 計 | 25,347 | 21,806 | 22,752 |
(明治27年2月「議事録」より)北高根沢村会