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明治四二年の大演習

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 第一四師団が着営して間もない明治四二年(一九〇九)一一月、第一四師団と第二師団(仙台)の管轄地域を対象に特別大演習が那須野ケ原一帯で行われた。参加したのは両師団のほか第七(旭川)、第八(弘前)、第一三(高田)の五個師団、総員四万八〇〇〇余人での大演習である。演習は明治天皇みずから統監され、外国の高級武官が陪観にやってくる。大本営には県庁があてられ、県はその下準備に大わらわであった。
 大演習についてはこの年の二月参謀本部から中山巳代蔵知事に通知があり、各郡市町村に次のような指令が出された。
 
  今秋本県下ニ於テ挙行セラルル特別大演習ハ、空前ノ大規模ニシテ大元師陛下親シク御統監セラレ、加フルニ大本営モ亦本県内ニ指定セラル……本県ノ光栄之ニ過グルモノアラムヤ……
 
 大部隊を迎えるだけに準備は容易ではなかった。天皇はじめ皇族、外国高官の宿舎、兵士たちの食事、八、〇〇〇頭にのぼる馬の手入れと難問ばかりであった。特に演習地になる宇都宮、塩谷、那須の地では半年前から毎週一回、衛生組合長が各戸を巡察し、伝染病の発見につとめ、「秋季種痘、トラホーム治療ハ九月末日マデニ終了スルコト、飲料不適ノ井戸ハ八月末日マデニ改修セシコト……」と徹底した防疫をやった。
 演習部隊は一一月四日集合、五日休日、六日から九日まで演習、一〇日閲兵式、一一日解散と決まっていた。大本営となった県庁前と宇都宮駅頭には奉迎の大アーチが飾られた。明治天皇は五日午後宇都宮駅についた。演習は第二、七、八師団、騎兵第一旅団総勢二万六七七二人が北軍、第一三、一四師団、後備歩兵第三旅団、騎兵第二旅団の二万一四四六人が南軍となり、長谷川好道大将を司令官とする北軍は白河附近に集結、西寛二郎大将の南軍はこの北軍を撃破する任務のもとに鬼怒川を経て北進中という想定で行われた。
 開戦は六日午前五時半、午前中に両軍は交戦状態に入った。当日天皇は黒磯より北の高久地内の愛宕山上に進まれ、両軍を統監された。翌七日は矢板市の北方三キロの泉村の箒川を臨む高地で統監、演習最終日の九日は宝積寺の高台にある阿久津小学校に行在所が置かれ、天皇は見晴らしのよい校庭から演習を統監し、終って講評を行った。小学校跡地の阿久津中学校にはこの時の記念碑が建てられており(口絵参照)、この時天皇が通られた坂道は御幸坂と呼ばれ、今日に伝えられている。翌十日には氏家町勝山付近で閲兵式が挙行されて演習が終了した。両軍の意気すこぶる高く、実戦さながらの演習に農民たちは興味をもって見学していた。岡本の日記には、
 
  ○伏久、塚原知治演習見ニ来リ立寄ル
  ○今夕、演習見ニ来ル件、下高根沢村 正綱、加藤喜十郎共五名ヲ連レ来リ泊ル
  ○今夕、芳賀郡小貝村大字見上 小林金次郎親戚一名ヲ連レ演習見ニ来ルトキ立寄リ泊ル
 
 とくに兵士が宿泊したことも演習への親近感を抱かせた。岡本宅には九日に旭川歩兵第二八連隊兵士ら一五名が舎営し、彼らは勝山での閲兵式終了後も帰って滞在している。当時石末小学校は事務所にあてられ一週間臨時休校になった。彼らは演習が終った後も一一日から一三日まで滞在し、一四日午前三時に出立している。閲兵式を見学した渡辺清少年はその時の感激を次のように述べている。
 
  今日も出てましぬ天皇陛下の閲兵式のああ文明の世に生れこの壮観に接せし有難や、歩、騎、砲、工兵の一糸乱れず、さわやかなラッパに、天皇陛下外武官の美と云わん、何といわん、花火は高く空にあがるやら
 
 演習の時、宿舎となった栗ヶ島、寺渡戸の家々には宿泊料と、提供した米・野菜や馬の飼料などの代金が支払われている(表16)。一一月九日から一三日までの五日間で宿泊した人数により差はみられたが、渡辺栄の家は中隊本部に、矢野安一郎の家は第二大隊本部にあてられていた。

図39 明治40年大演習統監の明治天皇 「明治百年栃木県の歩み」毎日新聞社宇都宮支局
 
表16 明治42年特別大演習宿泊料並徴発料計算人名表(栗ヶ島分)
姓   名金   額姓   名金   額
渡 辺   栄52715小 川 茂一郎1894
坂 本 七三郎638小 川 次 郎1130
渡 辺 才 市882小 川元右衛門950
渡 辺 竜 造1535矢 野 仙 吉91
横須賀   謙222矢 野 善 吉2913
横須賀   武304木 村 勇 吉1514
田 口 海次郎2360矢 野 多一郎1554
横須賀 六三郎1180斉 藤 馬 市3385
田 ロ エ チ2537渡 辺 ミ ネ435
渡 辺 明 信2534渡 辺 孝 作515
小 林 與三郎1536横須賀 藤 平27
黒 崎 国三郎2239坂 本 伝一郎335
横須賀 新太郎824鈴 木 六四郎12405
横須賀 林 吉856矢 野 梅 吉365
小 林 長三郎736大 谷 林 内335
木 村 キ ヌ1589矢 野 国三郎525
古 郡 弥一郎1553木 村 久 一666
木 村 勝 造1388木 村 寿 吉247
小 川 久 一1576横須賀 末 吉190
小 川 丑 松1629加 藤 貞 次374
矢 野 万 平1953矢 野 董 一86

注 総計520円18銭5厘