仕事や学校での昼食には弁当を持っていった。梅干を入れた握り飯や、白米飯に梅干と、一品か二品の惣菜を弁当箱に詰めた。惣菜はたくわん、卵焼き、煮豆などだった。卵焼きはイロリにゴトクを置き、フライパンで焼いた。大豆を水に浸しておいたものを油で炒って、味噌で煮た鉄火豆を度々作ったという。塩引サケはご馳走だった。昭和三〇年頃、役場では、昼時になると行商人がコロッケやメンチ、アジフライなど惣菜を売りに来て、コロッケは一個一〇円だったという。昭和三〇年代後半になると赤ウィンナーなどが惣菜に加わった。弁当箱はベントバチといって、アルミ製の四角形のものを使用した。