農業の機械化がまだ十分に発達していなかった昭和三〇年代頃までは、従前の伝統的な暮し方が息づいていた。従前の暮しは着物にしても食べ物にしても普段の暮しと特別な時とでは明瞭に区別されたものであった。例えば普段は仕事のしやすい、しかもツギのあたった衣服に甘んじたが、冠婚葬祭時には特別な晴れ着を着用したものであり、食べ物においても普段は麦飯に味噌汁、それに季節の漬物などといった粗末な内容であったが、冠婚葬祭時には米の飯や赤飯に煮しめや煮魚など普段では口にできないご馳走となったものである。
こうした区別は、母屋の中での暮し方にも及んだ。従前の暮しは、一つ屋根の下で全てを行なわなければならなかった。炊事や食事、家族の団欒を始め藁仕事や養蚕、葉煙草の乾燥、葉煙草のしなど普段の暮しは台所や茶の間を中心とした所で営まれ、法事や結婚式あるいは葬式など冠婚葬祭は座敷を中心とした所で営まれたものである。