分家は分家の際に本家から何らかなものを分与されるのが普通である。土地、建物、あるいは農具などの財産、および名跡、墓地の使用などを分与されるのが一般的であるが、これも本家の財産の多寡によって異なる。また、同じ分家でも中継ぎ相続後に分家した場合や長男が分家した場合には、次・三男の分家に比べ土地など分与される割合が高かったようである。
太田のIT家は、大正三年に同じ地内のIM家より新宅に出たイエである。ITは本来イエを相続する身であったが、親の本業を嫌いそのために結婚を機に新宅に出された。当時、本家の耕地面積は水田約一町歩、畑約六反歩であったといい、ITは新宅に出されるにあたって水田一反歩、宅地一反歩を譲り受けた。なお、IT家では譲り受けた水田だけでは生計が成り立たないので、水田二町歩、畑五反歩を借りて小作をしたという。一方、IT家からはIS家が新宅に出た。ISはITの四男で、一時県外に居住し、結婚後太田に戻りIT家で家族ともども世話になり、その後新宅に出された。新宅に出される際に分与されたものは、建坪一五坪程の中古の母屋、屋敷地一五〇坪であったという。