朝〽ヤレナー 富士の白雪朝日で溶ける
ヤレナー 溶けて流れて三島に落ちる
ヤレーホントダネ 三島お女郎さんの化粧の水
〽ヤレナー 那須の余一は ホー 三国一よ
ヤレウマイゾエー 男美男で アリャ旗頭
昼〽ヤーレナー 筑波掛越し 真壁の茶屋へ
ヤーレホントダヨー 花を一枝忘れて来たが
ヤーレナー 後で咲くやら 咲かぬやら
ヤレホントダネー 後で咲いても 話しに知らぬ
午後
〽ヤレナー 坊さま坊さまと 名ばかり坊さま
ヤーレナー 魚食べたり お女郎さんと寝たり
〽ヤーレナー 太郎次ぽんぽの毛は 長いとて長い
ヤーレナー 伊豆の金山 七巻八巻
ヤレソーナエ 後の残りで ヤッコダコ揚げた
夕〽ヤーレナー 日暮れ小松原 しょなしょな行けば
ヤレナー 松の露やら アラ涙やら
(『栃木県の民謡』より)
田植え歌(二)
午後の歌
〽オヤネー いざり勝五郎 ホー 車に乗せて
オヤネ 引けよ初花 ホー 箱根の山に
オヤネ 引けば箱根の ホー 権現様よ
田植え歌(三)
〽出羽の羽黒の よりつり鐘は
ひいてはなてば 千里もひびく
〽前の杉の木 日の出の鶴よ
かめとつるとが しんみてとまる
〽私とお前は おくらの米よ
いつか 世に出てまゝとなる
(『郷土教育資料』より)
田植え作業歌の苗取り歌は二人で掛け合い歌い継ぎながら苗取りが行われる。田植え歌は三人も四人も交互に長い歌詞を歌いつなぎ歌われる。いずれも自由奔放に即興的な歌詞で歌われ時には面白おかしく気軽な雰囲気で、長い単調な作業を楽にし途中に合いの手の掛け声を皆で入れて、一同が心を合わせて仕事をはかどらせる。時間帯により歌の文句にも決まりがある。朝の一番目は、〽富士の白雪……途中の休憩時間は、〽この田五千名 早乙女呼んで 土手のコジハン 花盛り……(大谷)と歌って中休みの小時飯となる。〽筑波掛越し……が歌われるといよいよ昼食の時間になる。午後の長い時間帯では、〽坊さま坊さま……等の砕けた歌詞でお互い笑いを誘い合って楽しくしかも手を休めることなく田植え作業は続けられる。夕方、〽日暮れ小松原……が歌い出されるといよいよ今日一日の田植え仕事も終る合図で作業も一段と気勢が上がるのであった。
歌詞の中には、男女のことを歌ったり卑猥な言葉が用いられることもある。これは単調な作業を笑いでいやす意味作りの他に、ものが産み生まれることにならった豊穣を祈る儀礼としての伝統的な意味合いがあった。高根沢町内の田植え歌(一)、の歌詞の中で、「太郎次……」と歌われる箇所がある。この太郎次とは田主のことで、主に苗運びに活躍し、早乙女とともに田植え作業では重要な役割をはたした。
なお現在、高根沢町を含む栃木県中央部から県北部地域一帯の田植え歌の歌詞の中で必ず歌われる〽富士の白雪(代わりに日光男体山を歌うところもある)……〽那須の余一は……の田植歌を「野州田植え歌」とよばれるようになったのは最近である。また歌詞には歌われる地域や歌い手により多少の違いがある。
例えば、〽ひぐれ小松原 しょなしょな行けば 松のつゆやら 我が涙やら……の歌詞は、普通これで終るが、中には〽お前百まで私は九十九まで共にしらがの はえるまで……(見目タカ 中阿久津)と続く場合もある。このように、地域や歌い手により多少の違いがあるのが民俗歌謡としての民謡であり、時代と共に生活の中で多くの人々により歌い継がれて来た結果でもある。
図40 田植え
図41 田植え歌の譜面
図42 田植え歌の譜面