ある日の夜、一人で住んでいる茂作の家の戸を叩くものがいた。恐る恐る戸を開けると、そこに一人旅の女が疲れ果てた姿で立っている。茂作はやさしくその女を招き入れ、お粥を食べさせて休ませた。
一夜明けて茂作がいい匂いで目を覚ますと、すでに朝食ができている。泊めていただいたお礼だと言って野良仕事も手伝ってくれる。そうこうしているうちに日にちは経つが、一向に女は旅に出る気配もなく、まめに精を出して野良仕事や家事をこなしていた。やがて、二人は結婚して子供が生まれ、幸せな日々が続いた。
そして、二、三年の時が流れたある夕暮のことであった。野良仕事から帰った茂作の目に異様な光景が映った。そこには子供と寝ている大蛇の姿があった。子供をあやしながら安心してつい眠ってしまったのであろう、妻は人間を忘れて本性を現してしまったのである。
茂作は急いで子供を抱き上げると一目散に家を飛び出した。しばらくして、目を覚ました大蛇は火のような赤い舌を出して花岡あたりまで二人を追いかけて来た。そして、恥ずかしさと悔しさに身をよじらせながら二人に抱きつき、そのまま大きな藤の木になってしまった。 (『子どもが書いた ふるさとの伝説集』)
女性に姿を変えて男のもとに訪れて来て夫婦になるという話で「異類婚姻譚」と呼ばれているものである。よく知られている話に、鶴が女性に姿を変えて人間の男と結婚し、美しい布を織って富をもたらすが、見てはいけないという約束を男が破ってその姿を見たので、男のもとを去って行くという「鶴女房」や女性に化けた狐が人間の男と結婚し、優れた霊能力を身につけた子供を産むという「狐女房」などがある。
「蛇女房」は、妻が正体を見られて去って行くとき、自分の目玉を置いて行くのでそれを子供にしゃぶらせて育ててほしいと、目をくり抜いて男に託し池に身を隠すが、目玉の美しさを知った殿様にむりやり献上させられ、困り果てた男が池に行くともう片方の目もくり抜いて男に渡すという物語が基本になっている。水神信仰や農耕儀礼が物語の基盤にあり、子供や夫と別れる悲しみと辛さを奏でている伝承である。
高根沢町に残されている伝説では、大蛇が池に戻るのではなく藤の大木と化すという独特の結末になっているが、大木を切り倒した時、赤い水が流れ出て中から大蛇の骨が出てきたという伝説が近隣の地域に多く残っている。そうした大木への畏怖の念が、このような伝説を生み出させたのかもしれない。また、藤の蔦は農具の材料として重要な素材であり、花も桜の花と同じように田植え時期に美しい姿を見せるので、田植え歌などに歌い込まれるほどであり、五穀豊穣への祈りに強く結びついていることが連想される。やはり、農耕儀礼に深く関係した伝説として語り継がれてきたのであろう。