宝塚周辺地域の後期中生代火成活動の産物は、北摂山地の流紋岩と、六甲山地を形成する花こう岩類に大別され、さらにこれらを貫く岩脈類がある。
北摂山地の流紋岩類は、かつて石英粗面岩ないし石英斑岩とよばれたように、熔岩流あるいは貫入岩と考えられていたが、その大部分が凝灰岩や凝灰角礫岩からなる火山砕屑岩であることがわかり、昭和三十四年(一九五九)に有馬層群の名でよばれるようになった。その後、帝釈(たいしゃく)山地の調査から、流紋岩類に新旧二時期のものがあることがわかり、新期の金剛童子流紋岩と旧期の有馬層群に二分されるようになり、現在その層序と構造の研究が進められつつある。
有馬層群の分布は、兵庫県中央部まで延び、篠山盆地の西南部で安山岩質熔岩と火山砕屑岩からなる篠山層群上部層を不整合におおっている。この篠山層群は、それに含まれる化石からみて中生代ジュラ紀末期―白亜紀前期(約一億年前)に生成した地層である。この篠山層群に含まれている安山岩こそ、燕山変動の開始を告げる火山活動の産物と考えられる。
宝塚市域の有馬層群は、直接古生層をおおい、花こう岩類に貫かれるという大綱がわかっていたが、有馬層群の層序区分や構造の研究は空白のまま残されていたのである。昭和四十七年(一九七二)以来、宝塚の二つの山地を構成し、武庫平野の基盤となっている後期中生代の火成岩類、とくに流紋岩類の調査研究に重点がおかれ、その火山砕屑岩を六部層に細分し、新旧二時期の熔岩流を区分することができた。
宝塚市域に広く分布する中生代火成岩類の区分と関係を表2にしめした。宝塚地方地質図(図13)では有馬層群を砂質凝灰岩および凝灰質泥岩を鍵(かぎ)に上・中・下部に三区分して表現してある。