流紋岩類・花こう岩類より後期の火成活動の産物には、石英斑岩・リソイダイト・〓岩(ひんがん)などの岩脈類がある。切畑付近から猪名川町銀山を通り、南田原まで約三キロメートルの間、追跡される石英斑岩岩脈は脈幅も一〇メートルを超すものであるが、その他の岩脈は脈幅数メートル以下のものが多く、連続性も少ない。
同一岩脈のなかでリソイダイトから石英斑岩に漸移する分化岩脈や、両壁にある〓岩を貫き中央部を石英斑岩が占める複合岩脈もみつかっている。しかし岩脈相互間の関係、貫入時期などにはまだまだ問題が残っている。
北摂山地は、多田銀山の名で知られるように鉱脈型の多金属(金・銀・銅・錫(すず)・鉛・亜鉛など)鉱床地帯であり、奈良時代以降最近まで、銀・銅を中心に採掘されてきたので、数百に及ぶ旧坑跡が残っている。ひとつひとつの鉱脈・鉱床の規模が、平均脈幅四〇センチメートル程度と小さい点と、鉱毒・公害問題などの理由で、現在この地域の鉱床は放置されているが、後日再開発される可能性を秘めている。鉱脈群の分布は岩脈類の分布と密接な関係をもっており、岩脈類と相前後して鉱床の形成がおこなわれたと考えられる。
兵庫県中央部には、生野・明延・大身谷鉱山のような北摂山地とよく似た多金属鉱床地帯がある。最近、生野鉱山地域の岩脈の絶対年代がフィッショントラック法で測定された。鉱脈前の流紋岩岩脈が七〇〇〇万年、鉱脈を切る安山岩岩脈で五二〇〇万年の値が出され、燕山変動の閉幕の時期と一致している。