六世紀を中心として、七世紀にかかる時期の古墳を後期古墳とよんでいる。後期古墳の特色は、まず横穴式石室の普及と、須恵器の副葬の普及をあげることができる。さらに、すでに述べたように、馬具や金銅製品も盛行し、その代りに鉄製農工具類の副葬はきわめて少なくなる。また、六世紀後半から七世紀初頭にかけて、群集墳が形成されることも重要な特色である。
前方後円墳はしだいにつくられなくなり、そこにみられた埴輪や葺石もみられなくなる。前期・中期の古墳にみた伝統的な権威を誇示するものとしての墳墓の意義の変化は、伝統的な祭祀に用いられた宝器に近いものが副葬されなくなり、馬具や金銅製品のような、より世俗的な権力を誇示するものが副葬されるようになったことにも示されている。それにもまして、横穴式石室の採用が、それまでの一首長のための墓から、家族墓という、より身近なものへ人びとの目をむけさせるようになって、権威の象徴としての意義がやや薄れていく原因ともなったのだろう。