皇朝銭の出土

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昭和十九年(一九四四)、当時の切畑字長尾山二番地にあった河崎邸内で、地下六〇センチメートルほどのところから、わらまたは麻の銭差(ぜにさし)にさしたかと思われる、二連四十三枚の古銭が出土した。内わけは、和同開珎七枚、万年通宝一二枚、神功開宝二四枚の三種、四三枚である。出土のようすからは、わざわざ埋蔵したものではなく、偶然埋没したものとみられる。
 この古銭は当時の銭貨流通の一端を示しているだけでなく、平安時代における長尾山麓一帯での人びとの営みをうかがわせよう。
 これまでみてきた奈良・平安時代の遺物・遺跡がどのような意義をもつのかは、律令制下の人びとの暮しをみていく中で、あらためて考えていかねばならない。