条里制でいう一定区画は、大・中・小の三つの区画の組みあわせからできている。大区画は六町(六五五メートル弱)四方からなり、四三・二ヘクタールの面積をもち、これを「一里」とよんだ。中区画はこの一里の縦横を一町(一〇九メートル強)ごとに六等分してできた三六個の正方形区画をさし、その一つずつは一・二ヘクタールの面積を占め、「一坪」とよばれた。小区画はさらにこの一坪を一〇等分してできる長方形の区画をさし、その一区画の面積は一二〇アールに相当したが、これには特別な名称をつけなかった。
なお中区画から小区画をつくる一〇等分のしかたには、現在のところ長地型(ながちがた)と半折型(はおりがた)の二様式が認められているが、このほかにも別な分割法があったかもしれない。長地型は中区画の一辺を一〇等分してできる六間×六〇間(一間は一・八一メートル強)の細ながい地割であり、半折型は中区画の一辺を二等分、他の辺を五等分することによってできる一二間×三〇間の矩形の地割である。田令の規定によると、「長さ三〇歩、広さ一二歩を段とせよ」となっているので、この時点では、半折型が正規の小区画であったことがわかる。しかし現在なお各地に数多くの長地型地割が残っているので、長地型こそ大化前代の地割の伝えられたものであろうとする解釈と、そうではなくて、半折型が後に長地型に移行したものとする考えがあって、まだ結論を得ていない(図81)。