教員生徒の政治活動禁止

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十四年六月十八日達「小学校教員心得」により、教員は、国家の安寧福祉を増進するための教育に、ひたすら専念しなければならないとされた。すでに十三年四月五日に、「集会条例」が布告され、教員生徒が政治にかかわることが禁ぜられていたが、兵庫県では十五年七月七日、公立学校職員に対し、つぎの示達が発せられた。「公立学校職員ハ新聞雑誌等ニテ政務ヲ叙述シ又ハ職務ノ外何等ノ目的ヲ問ハス公衆ヲ集メ講談演説候儀ハ不相成候」同年八月八日には、同文の示達が学務委員ニ対して、十月二日には郡役所・戸長役場・学務委員に対して同じ趣旨が達せられた。翌十六年一月二十五日には、公立学校職員および学務委員の結社・政党への加入を禁じ、また、同年二月七日付で、戸長・学務委員・各学校長教員に対し、学校生徒が政治に関係しないように指導することを命じた。同年十二月一日には郡区役所、戸長役場、学校における新聞・雑誌の購読を禁じた。
 十五年一月四日にはすでに「軍人勅諭(ちょくゆ)」が発せられていたが、十七年には小学校に対し、元田永孚(ながざね)が勅令によって編纂した儒教的修身書であり、幼童のために孝行・忠節・和順・信義など二十の徳目を説いた「幼学綱要」が下賜された。同年四月二十八日付の、郡区長・戸長・学務委員・小学教員に対する諭達は、教育内容に関する県令の指示であった。すなわち小学科の作文は、口上書類・日用書類などを書かせて、その応用ができるように指導することを目標とすべきであって、人物の評論や花月風流の文・詩作など、いたずらに高尚な、あるいは浮華に流れるような文を作らせてはいけない。また新聞や雑誌への寄稿も弊害があるので、父兄にも注意を促すことが必要であるという内容である。
 十八年一月二十六日付県の布達は、生徒の集会に対する取締まりであった。