貨物駅〝惣川〟

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福知山線の駅名のなかで〝惣川駅〟の名を知る人は少ない。それというのも、貨物専用駅として新設されたために、駅舎もなく駅員もないままに、一般に駅があることも知られていなかったからである。『日本鉄道史』によれば、明治三十七年に武庫第一鉄橋の西南に新設した炭酸水工場から炭酸水を輸送するために仮設されたという。宝塚駅から〇・三五マイル、生瀬駅から〇・五七マイルで、ほぼ両駅の中間にあり、ただ全長七三メートルのホームと砕石の積み出し場に延びる二本の側線があるだけの、名ばかりの駅であった。
 しかし『兵庫県統計書』には大正二年からの乗客数や貨物発送・到着数量が記載されているので、単なる貨物専用駅でもなかった。その乗客数は年間大正二年八七人、三年一五八人、四年四六人で、だいたい四〇~二〇〇人となっている。それに対して貨物発送トン数は、大正二年一六二四トン、三年二二八三トン、四年二〇七一トンとなり、宝塚停車場の六〇二トン・一〇二九トン・一一一一トンをはるかに上回っているところをみると、やはり貨物専用駅としての性格の強かったことがわかる。
 惣川沿いの砕石場から運ばれた砕石は、道床用として鉄道線路敷設のために役立った。東海道線草津駅付近から神戸の西までの広い区間にわたって使用された砕石は、ここから工事現場へ運搬されていった。のち山陽新幹線工事のときも、惣川から大量の砕石が運び出されたのである。

写真85 大正14年交通案内図
(宝塚市教育委員会所蔵)