波豆むら組織の再建

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波豆は、むら内の態勢を立て直さねばならなかった。一月十六日にむらの初集会があり、引続き区長の司会のもとに水道拡張対抗委員会委員長辞職後の困難な状況の打開策を相談し、新たな方法として祖道会という組織をつくることに決した。役員選挙に先立ち、会長・副会長を選ぶことになり、その選考委員一〇名を区長が指名し直ちに選考に入り、会長には福井幸次、副会長には永瀬斌が選ばれた。両名は固辞したが聞き入れられなかった。委員一二名選挙の結果、つぎのように決定した。
 人民側六名、福本藤三郎・福本宗次郎・永瀬政輔・小池弥作・福井芳太郎・乾巳之介
 土地側六名、新井幾之助・福井徳三郎・福永太一郎・奈良平槌三郎・中林千太郎・石田恒介
 直ちに新任委員会を開き特別事務担当を選挙し、西谷委員会参加者中林千太郎・福本藤三郎、会計係本年前期乾巳之介・後期新井幾之助、庶務係小池弥作・福永太一郎ときまった。ここに波豆はふたたび神戸市に対抗する態勢を整えたのである。会則は副会長が起草することになった。会則が成立するのは八月である。