大正十一年夏は異常渇水で神戸市水道は時間給水の計画をしたが、九月二十七・二十八日の降雨でその危機は回避された。翌十二年は降雨が適当にあったが、十三年は空梅雨で時間給水が予告された。しかし九月十三日の大暴風雨は神戸市水道には救いとなった。神戸市は給水戸数と使用量が予想よりも早く増大し、再度の危機を経験したので、これを解決するため千苅水源池の第二期拡張工事を計画した。大正十三年四月ころから調査を始め十月に終わり、十四年三月三日第二回水道拡張工事施行の案を市会に上程し、二十七日に可決された。同年四月八日付で兵庫県庁経由内務省へ認可申請を提出し、十四年十二月九日条件付で認可された。それは千苅水源の貯水池堰堤を二〇尺高くし、貯水量を二倍に増量する計画であったが、用いられる鉄管の太さ等につき検討を命じられたので、ふたたび申請し十五年九月四日に認可された。