阪急電鉄の住宅地経営は小林（こばやし）一三の発想によるのであるが、地元良元村小林（おばやし）にも同じ発想を有する人がいた。それは平塚嘉右衛門であった。彼が果樹園の経営をはじめたことはすでに第二章第四節で述べたが、大正三年八月にも小林字野上一八二番の二の原野五反八畝一七歩を畑にして果樹を栽培する目的で開墾願を出している。武庫郡のうちでも良元村は農業に最も熱心なところで、明治末から大正期に栽培が盛んとなった蜜柑は、東京神田方面に出荷され好評であったという。明治三十五年一月に開園した甘香園も果樹園であり、現在その標石が宝塚ゴルフ場のなかにある。大正十五年の武庫郡は果樹栽培の最盛期で、柿の樹数四三三二本、梅四五八八本、桃一万三一五〇本であったが、とくに蜜柑類が多くネーブルオレンジ六〇〇五本、夏橙六二七六本、蜜柑はじつに六万七七七五本を数え、その他の柑橘類二〇〇本を合わせると八万〇二五六本に達した。それらの収穫高は表62に示すとおりである。柑橘類の総生産額は六万七八一五円で、果実総生産額八万八三七一円の七六・七％を占めていた。川辺郡の場合は一二・七％を占めるにすぎなかった。
 

 

　その後、武庫郡の蜜柑栽培は急速に衰え、良元村についてみると表63のとおりで、昭和七年には樹数・生産額とも半分以下に落ちた。甘香園は良元村蔵人字山畑の地にあったが、昭和二年にはその土地の大部分がすでに阪急電鉄の所有となっていて、それを大正十五年に生まれた宝塚ゴルフ倶楽部（クラブ）が借受け、三ホールズの工事をおこなった。この土地を拠点としてゴルフ場は拡大していったのであるが、他方果樹生産の衰退が見え始めたころから住宅地の開設が本格的に準備されることとなった。平塚土地経営所は阪急とともに住宅地の開発に力を入れることになるのである。