日本最初のトロリーバス

334 ~ 335 / 620ページ
昭和二年ころから新花屋敷温泉土地株式会社は住宅地経営をおこない、昭和三年には阪急花屋敷駅と新花屋敷との間約二キロメートルの道に、トロリー・バスの運転を開始した。バスは大正十五年に日立製作所が試作したもので、長さ約四・五メートル、定員三〇人乗りの電気駆動自動車で屋根の上に受電ポールをつけていた。これはわが国で初めて営業運転された無軌道電車で、当時は珍しいものであった(巻頭写真13参照)。

写真172 無軌道電車乗車券
(天理大学附属天理参考館提供)


 大阪の村上商店土地部は昭和五年十月から同六年四月までの間に、花屋敷住宅地約二万六〇〇〇坪を三回にわたり分譲し、他方宝塚・御殿山一万坪を昭和六年に売出した。昭和九年には両者の間にある阪急電鉄売布駅付近の四〇〇〇坪を分譲し、翌十年には雲雀丘二万一〇〇〇坪を売出した。このように長尾山南部斜面は、昭和初期から大阪の住宅地として急速に開けていったのである。