地方自治の確立

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昭和二十一年九月、日本の民主化政策の一環として、地方制度の改革がなされた。これはポツダム宣言にかかげられた「日本国民の間における民主主義的傾向の復活に対する一切の障害を除去」するための行政改革で、新しい地方自治制度の確立をめざしたものであった。
 この改革の主要点は選挙権の資格を満二〇歳とし、女性にも参政権が与えられ、また知事および市町村長の直接公選制を採用するとともに、地方議会の権限強化をはかったことである。さらに行政の公正を期するため監察委員制度を設け、それまで知事や市町村長が扱ってきた選挙事務を、選挙管理委員会のもとに移した。そのほかわが国では初めての直接請求の制度(条例の制定・改廃を請求する権利、議会の解散・議員市町村長の解職請求権など)をとりいれて、二十一年十月四日公布、五日から施行されることになった。
 この改革で中央集権的官治行政を改め、地方自治の強化をはかったが、国政事務と地方事務の調整、地方財政の自主性などの未解決の問題が残されていた。二十二年十月に地方制度調査会を設けて、改めて地方制度第二次改革が立案された。公選知事の身分の公吏への切替え、地方公共団体に対する国の監督権の廃止・制限、地方税法改正による地方団体の自主財政の健全化、警察制度改正による自治体警察の設置など、都制・府県制・市町村制を総合整理して、二十二年四月十七日に地方自治法が制定された。そして新憲法施行の五月三日を期して、憲法と同時に施行されたのである。
 こうして敗戦による連合軍の進駐、公職追放、地方制度の改革など、めまぐるしく変わる民主化旋風のなかで、市域の小浜村の村会議事録などは、ちょうどこの期間だけが現存していないので、当時の具体的状況を詳細に知ることができない。それは故意によるものかいなかは不明であるが、ともかく戦後の占領下での混乱した状況の一端を反映しているといえよう。