はげしい対立

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 「該土地は先に大蔵省管財支所長に対し昭和二十一年十一月二十一日付村長名を以て休閑地なる旨報告済なる上、今回北摂都市計画案に於ても重工業地帯の決定を見たるものにして、耕作者同盟と称する休閑地利用者の請願する農地指定は本村として承服しがたく、仍(よっ)て該土地の農地指定は絶対に反対する」と陳情した。県農地委員会特別委員五名は、五月三十日・六月十五日・七月九日・同十九日・八月六日・九月二十七日に現地調査をし解決に努力したが、その間に良元村農地委員会はこの土地について「自作法第五条第八号新開墾地と認められ、且政府において買収を不相当と認むるものと決定」し、六月十八日付で県農地委員会長に報告した。村長もまた同日農地部長に対し右の農地委員会の決議を尊重するよう陳情した。八月二十四日には村長より農林省開拓局長宛「本村議会並に村民大多数の目標たる将来の重工業地帯として、今時仮設競馬場誘致に御賛同給らんことを懇請」している。
 他方耕作者同盟は、日本共産党・日本農民組合指導のもとに、県当局や農林省・総司令部に陳情し、対立はますますはげしくなった。
 その間、七月二十日には日本競馬会に対し本件競馬場設置に関する農林大臣の許可指令があったことが伝えられた。なおこの時点の状況としては、七月二十一日の豪雨により付近の弁天池の堤防が決壊して大洪水となり、関係地の約五分の一程度が完全に埋没または流出し、復旧が容易ではない状態となった。

写真243 仁川弁天池堤防決壊
昭和21年7月21日 (阪急電鉄本社提供)