自小作別農家数

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農地改革は、明治初期の地租改正以来の大きな変革であり、戦後日本の出発点であった。それは宝塚市域の農業構造をどのように変えたか、またその後宝塚の農業はどのように展開していったのであろうか。まず自小作別農家数の変化にそれをみることにしよう。
 農地改革前の数字を昭和十六年(一九四一)にとり、自小作別農家の割合をみると、自作農と自小作農の合計は宝塚市域全体の農家数の三九・七%で、地区別では、良元地区三五・一%、小浜地区二五・八%、西谷地区五四・四%長尾地区四一・〇%であった。また小作農と小自作農の合計は、市域全体で五六・五%、良元地区五九・八%、小浜地区六八・八、西谷地区四五・〇%、長尾地区五四・七%であった。
 これを改革後についてみると、市域全体の自小作別農家数および構成比は表96のとおりである。昭和二十五年における自作農・自小作農の合計は、市域全農家数のうち八六%、良元地区八一・八%、小浜地区八一・一%、西谷地区八九・九%、長尾地区八九・二%となった。すなわち、ほとんどの農家が自作農になったのである。三十五年には全農家数の八八・一%、良元地区では八八・六%、西谷地区で九三・六%となり、長尾地区だけは八四・四%とわずかに低下した。
 

表96 宝塚市域の自小作別農家数および構成比

昭和総戸数自作自小作小自作小作その他総戸数自作自小作小自作小作その他
宝 塚 市161,990481309338785*74100.024.215.517.039.5*3.8
252,1811,335540181125100.061.224.88.35.7
351,8441,253371130864100.068.020.17.04.70.2
 良元村164281034757199*22100.024.111.013.346.5*5.1
254562431304340100.053.328.59.48.8
354102956821233100.072.016.65.15.60.7
 小浜村16420674156233*23100.016.09.813.355.5*5.4
255022791283956100.055.625.57.811.1
35493330894727100.066.918.19.55.5
 西谷村16482154108107110*3100.032.022.422.222.8*0.6
255353471343519100.064.925.06.53.6
355193671192310100.070.722.94.41.9
 長尾村16660158113118243*28100.023.917.117.936.8*4.3
 長尾村256884661486410100.067.721.59.31.5
  2―1354222619539261100.061.922.59.26.20.2

〔注〕1.16年は「兵庫県統計書」,25・35年は「農業センサス」による
   2.16年長尾村は当時の村全部を含む
   3.*印は貸付地1町歩以上の農業者および土地を耕作しない農業者を含む