最近の変化

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この「むら」の総有は、昭和四十六年から「長谷土地信託有限会社」の所有となった。その変化の契機は、関西電力株式会社が送電用の鉄塔建設のため、むらの総有地の一部を買収することになった。むらはその売却代金でむらの寺院の建てかえを考えたが、種々の問題の処理を研究した結果、この形態をとることになった。
 その定款第三条には「当会社は次の事業を営むことを目的とする。一、宝塚市長谷部落民共有の別紙目録記載の土地の信託管理。二、前記に附帯関連する一切の事業」とあり、社員の出資については「第六条、当会社の資本は此れを四三口に分ち一口の金額は金壱万円とす」ることにし、各社員が平等に一口を持つことにした。社員の資格に関しては、この条文に規定がないが、昭和三十年一月二十六日付の前記「部落有財産に就ての定め」が適用されるのであって、昭和四十六年現在では四三戸であった。形式は現代的な有限会社になったが、内容は変わっていないというべきであろう。しかし今後は、この形式にしたがって運営しなければならないから、内実も変わる可能性がある。

写真262 長谷の道谷新興住宅地