西宮市を中心とする合併問題

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西宮市の市会協議会は、隣村鳴尾村および良元村を合併することについて、ほぼ了承していたが、昭和二十五年四月二十日、市会の自治研究会を開き、その利害得失および将来の政策に関して研究するため、自治研究委員会を構成し検討することにし、この委員会を二部に分けて、第一部は鳴尾村、第二部は良元・小浜両村との合併問題を扱うこととした。
 第二部委員は合併資料を検討し、良元村側委員と懇談する間に良元村がつぎの諸問題を合併条件とすることが判明した。すなわち、小学校増設問題・高等学校問題・上水道問題・プール新設問題・南北道路問題・組合警察維持の問題・税負担の問題などであった。西宮市は二十五年九月四日に良元村に対し、正式に合併の申入れをおこなった。
 西宮市自治研究委員会は、二十六年一月八日の緊急会合で、合併問題に関するその後の経過報告をおこない、検討した結果、鳴尾村に関しては尼崎市が合併の申入れをするとのうわさもあるので、一月中に鳴尾村会に強力に働きかけることになった。またこの日午後来訪した山口村長と塩瀬村長との懇談の結果を市長が報告し、両村を合併する方向で話を進めることになった。小浜村については二十五年中二回の会合を持ったが進展せず、十二月二十七日に懇談会を開く予定であったが、小浜側より中止の申出があり、そのままになっている。しかし合併の働きかけは今後も続けたい。観光連盟もそれを希望している旨の報告があった。良元村は一月下旬か二月上旬に、世論調査をおこなう予定であるので、委員各位は良元村内の知人に対して運動することとし、なお翌二十六年一月九日良元村議が西宮市の復興状況視察のため来西するので、懇談会を開催したいということであった。良元村は二十六年一月二十二日ごろから村内各地で、村財政と合併問題に関する説明会を計画し、また、一月二十一日の村会では、四四人の委員で構成する良元村合併審議会設置条例を可決した。この両者によって西宮市との合併への気運を促進しているようであった。
 西宮市と良元村との合併の問題は、このように伸展していたので、小浜村は良元村との合併は困難であるとみて、小浜村が単独で町制をしき、宝塚町とする意見が強くなり、県会も三月五日これを認め、三月十五日宝塚町制実施の祝賀式がおこなわれた。
 西宮市は一月八日の緊急委員会の翌日一月九日、鳴尾村に対し正式の合併申入れをおこない、市長・市議会が積極的な交渉を開始した。また塩瀬・山口両村は神戸市との合併が県の反対するところであり、二十五年十二月西宮市からの合併のすすめがあったので二十六年一月二十日西宮市へ合併交渉を申入れた。