ごみ・し尿

587 ~ 588 / 620ページ
「東京ごみ戦争」ということばは人々の多くが記憶しているところである。宝塚も対岸の火災視しているわけにはいかない。人口の急増はごみの急増でもある。表113によればごみ収集量は、昭和四十四年に三万一〇三四トンであったが、四十八年には約三万四五一九トンとなり、一日に出るごみの量は約一〇〇トンに近づいてきたのである。処理については高速堆肥化がおこなわれてきたが、四十六年を境に、焼却炉に転換した。時を同じくして、プラスチック類等家庭不燃物が増大し、不燃物ごみ処分地の建設が必要となり、切畑に建設中である。ごみ処理方式についていえば、四十年四月ごみ焼却場コンポスト(日量五〇トン)が完成、四十五年十一月三十日から二基の新焼却炉(日量九〇トン)で本格的に操業を開始した。収集方法では市民の協力を得てステーション方式、分別収集方法によって収集体制を整備した。今後の問題は従来の清掃工場付近の埋立余地がなくなり、かつ現在の清掃センターの施設拡張が困難になったときの埋立て地の確保と工場用地の確保である。また不燃性廃棄物処理については広域(県)行政によって解決がはかられるよう期待されている。

写真289 清掃センターのゴミ焼却炉


 し尿処理については、昭和四十四年懸案のし尿処理場が清掃センター内に完成し、日量一五〇キロリットルを、加温促進消化法による高級処理方式によって完全処理し、仮設パイプによって放流をはじめた。処理量は四十五年三万九七〇三キロリットルが四十七年には四万四三四八キロリットルに増加した。汲取人口は四十五年五万五五八八人であったが、四十七年には五万六五七五人となった。汲取りは業者委託方式である。し尿処理は公共下水道によることが望ましいが、完成まで長期を要すると思われるので、今後の課題としては、現有施設を当分保持するとともに、増加が予想される家庭浄化槽の汚泥処理ならびに浄化槽の管理強化による水路環境の保全、臭気防止などの問題がある。