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(四)幕府直轄地時代
8 第八代 幸田善太夫高成(たかまさ) 5年
延享2年(1745)~寛延3年(1750)
飛騨国内を巡視して、近くの山林の立木がほとんど伐採されていることを知り、植林に打ち込み、三郡の山々へ毎年植林を行なうよう命じた。この年飛騨国内に植え付けられた苗木の本数は3万3千881本を数えた。
また今もってせんだいも(善太薯)の名が残る馬鈴薯も高成が信州より持ち込み作らせたといわれている。後の天保飢饉の時は、「善太薯・お助けいも」といわれるほど、大いに役立つ食糧源であった。